Bリーグ・サンロッカーズ渋谷(以下、SR渋谷)が4月26日、「青山学院記念館」(渋谷区渋谷4)で最後の試合を迎えた。
セレモニーではファンらがメッセージを寄せたビッグユニホームが披露された
NBLで活動していたSR渋谷(当時は日立サンロッカーズ東京)が、2016(平成28)年のBリーグ開幕に合わせて、ホームアリーナとして活用を始めた同館。来季の新トップリーグ「B.プレミア」では条件が合わず、同館の使用は終わる。
今季のホーム最終戦となったこの日。SR渋谷に10年在籍したベンドラメ礼生選手は「気合は入っていた」。直近の試合は途中出場が多かったが、今節はスタートに名を連ねた。選手呼び込み時、キャプテンとして最後に名前を呼ばれるが、この日は「僕、今日引退するのかなと思うくらい(笑)」一際大きな歓声が上がった。
「スタメンで出られたのはうれしかった。やることは特に変わらないが、勢いをもたらせるプレーをしたいと思っていた」。その言葉を体現するかのように、先制の3ポイント(P)シュートや好守からのレイアップなど立ち上がりで12得点を挙げた。序盤に一時10点差をつけるが「勝ち急いでしまい」(ゾラン・マルティッチヘッドコーチ(HC))競り合う展開に。
同点で迎えた残り約4秒。ボールを持っていたジャン・ローレンス・ハーパー・ジュニア選手がアタックを仕かけたのを見たベンドラメ選手は、「なんとなく(ボールが)僕に回ってくると感じていた」。予感は当たったが、放った3Pシュートはリングに嫌われた。「今日の僕のパフォーマンスであれば打ち切る自信はあったし、その期待を背負ってプレーするのがプロの宿命。ここで決めたら格好いいなと思いながら、決め切れなかったのは『持っていなかった』。あれだけの状況が整うことはなかなかない。一生に一度あるかないかのとんでもないチャンスで外してしまったのはとても悔しいし、まだまだなところ」と自責した。
同館で戦った236試合。ベンドラメ選手が勝利をもたらした試合もあった。「いろいろな試合を負けにしてきたし勝ち試合もつくってきた。最後の最後でパスが回ってきたのは感慨深かった」と振り返った。
ジョシュ・ホーキンソン選手は「チームを盛り上げていいスタートを切らせてくれた」とベンドラメ選手をたたえ、最後のシュートも「入ると思ったし、青学の素晴らしい締めくくりになるはずだったんだけれど、それが人生だしスポーツ。誰もがハッピーエンドを迎えられるわけじゃないが、皆さんに幸せと喜びを届けようと、全員がベストを尽くした」と触れた。マルティッチHCは「礼生以上にあのシュートに値する人物はいなかった」とも。
試合は0.4秒で失点し敗れた。今季は競り負ける試合も多く「課題の一つだった」とホーキンソン選手。「接戦の終盤は、たった一つのミスやターンオーバー、ディフェンスでのコミュニケーションミスが結果に響く」と悔やんだ。
ベンドラメ選手は、移籍などがあるなかで「一つのアリーナの始まりと終わりを経験できることはない。特別な時間だった」と振り返り、「B1で戦えたのはこのアリーナがあったおかげ。寂しさや離れたくない気持ちはもちろんあるが、涙は出ない。それだけサンロッカーズが成長した証。泣いているファンもいたし、そういった人たちの思いも受け止めて次のステップに行かないといけない」と来季を見据える。
試合後には、関係者を招きセレモニーを開いた。クラブを運営するサンロッカーズの神田康範社長は、「サンロッカーズとして作り上げてきた価値や皆さまと築いてきた絆、全てを力にして次に進んでいく。ありがとう青学、10年間本当にありがとうございました」とあいさつ。
長谷部健渋谷区長は、「渋谷を名乗っていただいたことはこの街にとって大きく、ありがたいこと。皆さんに熱い戦い感動をいただいた。これからはマザータウンとして、引き続き応援していきたい」と話し、「いずれ戻ってきてほしいと思うし、そのための運動をこれから本気でやろうと思っている。この街には世界に誇るアリーナが似合っていると思うし、必ずないといけない」と話した。
その後、同館ではファン感謝祭も行った。