特集

ホルモンへのこだわりが市場を拡大する?
多様化する焼肉店、差別化のポイント

  • 0

  •  

■1兆3,000億円の巨大市場が抱える課題とは

今年の夏は、梅雨明けが大幅に遅れたことと冷夏により外食産業への影響も小さくなかった。東京では今年7月、昨年より雨天日数が9日も多く、平均気温は22.8度で5.2度も低いなど、夏ものメニューやドリンク類の消費が伸びず売り上げに結びつかなかった。日本フードサービス協会の調べによると、外食産業の7月度の売り上げ状況は、全業態トータルで前年同月比98.8%と1.2%減で2カ月ぶりにマイナスとなったが、焼肉分野は客数、客単価とも前年を上回り、売り上げは102.3%と2.3%のアップとなった。

夏休みも終わりを迎える8月29日は、全国焼肉協会(J.Y=ALL JAPAN "YAKINIKU" ASSOCIATION)が1993年に「焼肉の日」と定めて以来、地域社会貢献と販売促進を目的に、全国各地の加盟店が、様々な取り組みを行っている。同協会事務局長の中井さんによると、全国の焼肉店は20,000~23,000店あり、市場規模は売り上げベースで1兆3,000億円と推定されているという。ただ、中井さんは「焼肉業界を取り巻く環境には厳しい課題が山積している」と話す。(1)8月1日から発動された牛肉に関するセーフガードにより輸入牛肉が関税ベースで11.5%値上がりした。(2)今夏の冷夏で農作物の不調により、焼肉店では仕入れ量の多い米や野菜の価格の高騰が懸念されている。(3)景気の低迷から脱出できず、消費者の可処分所得が回復しない等の点を挙げている。焼肉は気温が25度を上回ると売り上げが伸びると言われている。この温度はビールを飲みたくなる温度で、「ビールを飲みたくなると焼肉を食べたくなる」(中井さん)因果関係から、焼肉業界でも25度が目安になっているそうだ。ただ、今夏は冷夏によりビールの売り上げが低迷し、焼肉店にも少なからず影響を与えた。

中井さんは、さらに大きな課題として今年6月4日に制定された「牛肉トレーサビリティ」を挙げる。「トレーサビリティ(=生産・流通過程の追跡)」とは、食品の生産・加工・流通などの各段階で原材料の仕入れ先や食品の製造元、販売先などの記録を取り、保管することによって、食品の辿ってきたルートと情報の追跡・遡及ができるようにすることだ。BSE問題を背景に、安心・安全を確保するためには欠かせない施策でありながらも、これに対応するため各店レベルでは、相応の投資や従業員教育などの負担が強いられることになるという。試行は2004年の12月1日からだが、価格競争が続く焼肉市場の中で、こうしたコストアップをどのように吸収していくかが経営面から問われそうだ。

全国焼肉協会

■実力派の激戦地、恵比寿の老舗店と新興店の動向

恵比寿は実力派の焼肉店が集積するエリア。1994年の「恵比寿ガーデンプレイス」の誕生以来オフィスビルの供給が続き、周辺に務めるビジネスマンやOLの数が大幅に増えてことも、その背景にある。「トラジ本店」が恵比寿にオープンしたのは1995年12月。1号店はビルの2階にある、わずか18坪28席の規模だった。さらに恵比寿には「トラジ庵」「トラジ園」を加えて3店舗によるドミナント出店を行った後、都心部での他店舗化を図り、今では19店舗で約30億円の売り上げ規模を誇る企業に成長した。昨年9月には「丸ビル」に、同12月には「カレッタ汐留」に、そして今年4月25日には、「トラジインターナショナル」を六本木ヒルズに出店した。今後は海外への出店も考えているという。

トラジ
トラジ本店

JR恵比寿駅東口で18年間営業を続ける人気店「炭火焼 徳ちゃん」(TEL 03-3442-5562)は、今年7月、開店後初の店舗改装を行った。わずか7坪の店内は、以前はアイランド型のカウンター形式だったが、改装によりテーブル席に生まれ変わり、店の前にはテラス席も設けられた。テラス席はビニール製のカーテン張りで、ちょっとした屋台の雰囲気も味わえる。店長の青柳さんによると「改装の理由は、一昨年のBSE問題以降、何となくすっきりしない感じだった気分を一新したかったため」だったと話す。席数の確保など、店舗運営上の理由は全くなかったそうだ。人気の同店だが、やはりBSE問題では他店同様大きな痛手を受けた証でもある。今では客足もすっかり回復し、午後6時半頃になると、会社帰りのビジネスマンやOLで、約30席があっという間に満席になる。客単価は3,200~3,500円とリーズナブルで、リピーターが多いのも同店の特徴だ。

「徳ちゃん」では30種類以上の炭火焼が楽しめるが、青柳さんのおすすめは「ブタミノ」や「ギャラ」(和牛の第四胃袋)。見た目と食べた時の感触のギャップが楽しめる「シビレ」(胸腺)もおすすめのメニュー。青柳さんは続ける。「今は肉質が上がったため、肉そのものでの差別化は難しくなっている。ウチはタレで勝負する」と話すように、同店自家製のタレは開店以来18年間、味が変わっていない。「人材の流動化により、他店のタレの味は似通ってくる傾向にあり、各店が差別化を図る過程でリンゴやハチミツなどが加えられ、全体的に甘みが強くなってきた」のに対し、同店のタレは「甘みを抑えたあっさり系」にこだわってきたことが、結果として差別化につながっているという。「他店の真似をしていたら潰れてしまう」(青柳さん)と話すように、同店人気の秘訣は、まさに職人気質が生み出した「秘伝」のタレにあると言えそうだ。ちなみに、渋谷・道玄坂で2店舗を展開する「韓国酒家 韓国家庭料理 吾照里(オジョリ)」は「徳ちゃん」の系列店で、グループ全店では9月12日まで「韓国・ソウル3日間の旅」が2組4名に当たるキャンペーンも実施している。

徳ちゃん
炭火焼 徳ちゃん 炭火焼 徳ちゃん 炭火焼 徳ちゃん

昨年10月、JR恵比寿西口にオープンした「ゴローちゃん」(TEL 03-5459-2756)は、都内でも珍しく「味噌ホルモン焼」の店。「味噌ホルモン焼」の中でもダントツ人気は通称「とんちゃん」。豚のホルモンミックスを名古屋名物の八丁味噌(赤味噌)ダレと和えて、一味を加えて七輪で焼くもの。280円というロープライス感は380円の「ホッピー」との相性も高い。さらに、もうひとつの柱として「名古屋名物料理」が並ぶのも同店の特徴。名古屋特有の「味噌」文化を背景に、「手羽先唐揚げ」「味噌串カツ」(各400円)、「味噌おでん」(120円)、「どて煮」(350円)、「味噌煮込みうどん」(850円)や「激辛台湾ラーメン」「あんかけスパゲティ」(各600円)など、ちょっとした「ジャンク感覚」で名古屋フードが楽しめる希少店でもある。

同店の開発・運営を手掛けるのは様々な飲食空間の開発を手掛ける空間計画(恵比寿)。同社代表の野口さんによると「以前は炭火の焼肉店だったが、やはりBSE問題で売り上げが落ち、業態変更を重ねた結果、辿り着いたコンセプトが『味噌ホルモン焼』だった」という。「味噌ホルモン」と「名古屋名物料理」をメインに据えることで業態を明確に表現し、通常の焼肉店に比べアルコール比が高いのも特徴だ。一方で、焼肉店激戦区の恵比寿におけるポジショニングについて、同店を「三枚目」の店と位置付けている点もユニークだ。「恵比寿にはおしゃれでスタイリッシュな、いわゆる『二枚目』の店は多いが、『三枚目』の店が少なかった」(野口さん)ことに着目した業態開発でもあった。ちなみに店名の「ゴローちゃん」は、代表の「野口」さんの姓との相性から「何となく」決まったと言う。店内は20坪の店内に41席を展開し、客単価は3,200~3,500円。

味噌ホルモン焼 ゴローちゃん
味噌ホルモン焼 ゴローちゃん 味噌ホルモン焼 ゴローちゃん 味噌ホルモン焼 ゴローちゃん

焼肉も食べられる業態として最近人気が高まっているのが韓国家庭料理の店。恵比寿東口から歩いて5~6分の距離にある「ソナム」(TEL 03-3445-8815)は、テレビ番組でタレントのユンソナが紹介したことも後押しして人気を集めている。もともとは東中野にあった韓国家庭料理「松屋」が2001年12月に出店した。店長の佐藤さんはフレンチのサービスマンとして務めていた頃、客として「松屋」に通い始め、その後ご主人に声を掛けられ「ソナム」の出店を取り仕切っている。

同店では「プルコギ」(1,300円)、「豚の骨付きカルビ」(1,200円)などの焼肉メニューも揃えるが、8割は韓国家庭料理がメニューを占める構成。中でも、ほとんどのテーブルで必ず一皿オーダーされる同店ナンバーワンの人気メニューは「できたて混ぜキムチ」(800円)。白菜を塩もみして、オーダーが入ってから作るため、さっぱりした味わいが特徴だ。もうひとつの人気メニューが「カムジャタン鍋」(小=2人前/2,000円、中=3人前/2,800円)。同店周辺は近年マンションやオフィスビルが急増しているエリアで、80席の店内は約8割が女性客で埋まるという。佐藤さんは「昨年のワールドカップを機に、韓国家庭料理に対する関心がさらに高まったのでは」と話す。同店の客単価は3,500~4,500円。

ソナム
ソナム ソナム

■「牛角」が定食業態の新店舗をセンター街に出店

8月31日、渋谷センター街に「牛角食堂 渋谷店」(TEL 03-5728-7904)がオープンする。同店はレインズインターナショナル(本社:桜丘)が展開する「牛角」ブランドの定食チェーンで、本厚木店・田町店(両店共2001年10月オープン)に次ぐ3店舗目の直営店舗。繁華街への出店は初のケースで、ビル2階の22坪の空間に32席を配置し、店内は「牛角」同様、古材と同系色の木をメインに温かみのあるシンプルなデザインでまとめられている。先行2店舗での人気ナンバーワンメニューは「牛角食堂定食」(680円)で、野菜がたっぷり入ったプルコギを中心とした定食。その他、「特製ナムルの石焼きビビンバ」(580円)、塩ダレ・梅塩ダレ・わさび醤油ダレから好きなタレを選べる「ピートロ定食」(730円)、「豆腐チゲ」(780円)、「ピリ辛カルビクッパ」(780円)など、リーズナブルな価格設定でセンター街の若者層や20~30代のビジネスマン・OLなど、幅広い層を狙う。

同社コミュニケーション部の河井さんは、「焼肉店はひとりで入りにくいイメージがあるため、ランチも含めて、ひとりでも気軽に入れる店を『牛角』の『定食屋さん版』として実現した」と話すように、焼肉店として圧倒的な知名度を誇る「牛角」が、そのブランド力を活かして新たな業態開発に本格的に取り組み始めた。そもそも「牛角」は1等立地ではなく、2等立地への出店を成功させた後に、全国FC化に踏み切った経緯を持つため、「牛角食堂」でも将来のFC展開を視野に入れながら慎重な出店を重ねているようだ。若者が多く集う渋谷センター街近くには、「吉野屋」「松屋」などの牛丼チェーン店や、「大戸屋」「おはち」などの定食チェーン店などが集積するエリアでもあり、この中で新たに投じられた「焼肉定食」業態の動向に注目が集まる。

レインズインターナショナル

料理専門誌「ARIGATTO(アリガット)」の元編集長、佐藤さんによると「境界が曖昧なカジュアルダイニング」化が進む飲食業態の中で、「新しい日常食への回帰現象」の一環として、『そば・うどん』『寿司』などと同様に、わかりやすい『焼肉』に対する注目が再び高まっている」と話す。ブランドだけでの差別化が難しくなっている焼肉業界では今、サイドメニューとしての「ホルモン」へのこだわりが高まっていると言う。都内の焼肉店の中には牛1頭を170の部位に選別してメニュー提案を行う店まで登場しており、日本人のこだわり癖がホルモンへ向かい始めていると分析を加える。ちなみに、関西でホルモン焼の聖地と言えば大阪・環状線の「鶴橋」駅周辺。ここには多くのホルモン店が集積していることで知られている。東京でも、聖地としての「鶴橋」をモチーフにする店も出現し始め、駒場には昨年「ニュー鶴橋」(同店は「神泉パーラー」「マルガメ製麺所」と同系列店)というホルモン系の焼肉店も登場している。

BSE問題後は一時「豚」に動いた流れも、最近では「牛」への回帰を強めている。鍵を握っているのは「ホルモン」だ。サイドメニューでありながら、差別化を図ることができる「ホルモン」を軸にしたメニュー開発・業態開発が活発化しそうだ。

牛角食堂 渋谷店 牛角食堂 渋谷店
  • はてなブックマークに追加
エリア一覧
北海道・東北
関東
東京23区
東京・多摩
中部
近畿
中国・四国
九州
海外
セレクト
動画ニュース