特集

“癒し系”とリンクして静かに増殖する
渋谷の中の「京都」コンセプト

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■和の総本家「京都」は追随を許さない都市ブランド

ブームとして定着した“和風トレンド”を細分化すると、テイスト別には、“わび・さび”や“禅”に集約される宗教的かつ哲学的な世界観、粋やいなせを表現する“江戸情緒”、手作り感にあふれ素朴さを押し出す“民芸調”などがあり、歴史的時間軸では、平安文化、元禄文化、明治から高度経済成長を遂げるまでの“近代日本”などがあるが、日本の歴史と和の文化を代表するものといえば、前出のすべてを内在する“京都”に勝るものはない。794年の平安遷都以来、1200有余年の古都を生きつづける“京都”は、老若男女に広く知られる最大のブランド都市である。

1999年、京都信用金庫が全国信用金庫連合会を通じて実施した「他府県から見た京都のイメージ調査」によると、「京都」から連想するもののベスト3は、1位=社寺仏閣、2位=自然の景観、3位=舞妓さん ― という結果。「あなたにとって京都とは?」という質問に対して、37.1%が「観光客として訪れる街」と答え、29.3%が「修学旅行先」と答えている。京都観光については、女性層を中心に5割以上が体験観光を希望。清水焼、西陣織、京友禅などの伝統産業の体験が25.4%で最も多く、次いで、お茶会への参加16.1%、座禅・写経15.9%の順。女性は「舞妓に変身」が34.8%で最も多かった。

一方、2001年に社団法人中央調査社が京都市在住の20~69歳の男女に行った調査「京都らしさを感じさせるもの」では、ベスト5に1位=清水寺、2位=祇園祭、3位=時代祭、4位=平安神宮、5位=鈴虫寺(華厳寺)が挙げられている。このレポートから、京都市民も伝統があり、観光地としての京都を代表するような神社仏閣と年中行事を「京都らしいもの」と受け止めていることがよくわかる。清水寺や祇園祭が象徴する伝統と文化の集積地・京都は、日本人であれば誰もがイメージできる稀有な都市、つまりブランディングが確立した都市である。当然ながら、全国の都市で、その強烈なブランドの“ご威光”を背景に展開されるビジネスのマーケットは決して小さくない。

■インテリア、和雑貨も極めれば「京都」へ

「渋谷LOFT」の並びに、京都と江戸の和雑貨を販売する「渋谷丸荒渡辺」(宇田川町)がある。1926年(昭和元年)に初代の渡辺荒蔵が渋谷で始めた呉服店が起源。「丸荒」は、初代・荒蔵の名前を屋号にしたもので、現在は和雑貨を中心に3代目が営んでいる。店主の渡辺さんは「脱サラの後、家業に入ったので呉服の知識がなく、それなら同じ和の伝統を引き継ぐ和雑貨の店にしよう」と考え、5年前に現店舗にリニューアルしたという。同店で扱う和雑貨は“江戸もの”と“京都もの”に大別され、取り扱い比率は半々。「店のコンセプトは日本の伝統を伝える店。地方にも特徴のある雑貨はあるが、メジャーな部分としては江戸と京都。この東西のアイテムを置くようにしている」と、説明する。商品は、下駄や草履などの履物、お香やパック、袋物、髪飾り、油取り紙、暖簾、テーブルマット、風呂敷、作務衣、浴衣など多岐に渡るが、ほとんどのアイテムは現代風にアレンジされている。

同店の特徴のひとつに約100ヶ国以上もの海外から客が訪れていることが挙げられる。「実は渋谷は観光地。国内の学校なら修学旅行で渋谷を訪れるし、また外国人は今日の、発展した日本のひとつの姿として渋谷観光に訪れる。和雑貨の中で、粋なものは東京に、雅(みやび)なものは京都に多く、渋谷を訪れる日本人・外国人問わず、和のアイテムのいいものを紹介したいと考えたら、その中に京都のものがあった」(渡辺さん)。しかし、若者や外国人の中には、江戸ものと京都ものの区別がつかない客も少なくない。渡辺さんは「京都のものだとわかってもらわなくても良いと思っている。和雑貨は、新しい解釈をされながら今後、さらに発展していく」と、今後、和のミックスチャーが進むことを示唆する。渡辺さんによると、すでに東京製の“京都もの”が登場しているという。「中国で製造したユニクロの洋服を不信に思わないように、特定の商品に関してはすでに産地を問わなくなっている。東京と京都はミックスされつつあり、さらに海外とのミックス化が進む」と話す。

渋谷丸荒渡辺

「渋谷ロフト」でも和雑貨の人気は高く、京都産のアイテムを多く扱っている。和布のジャンルではランチョンマット(1,500円)やコースター(380円)の一部が京都産であるほか、文具コーナーの封筒や便箋、フレグランスコーナーの香にも京都ものがある。「渋谷ロフト」はアイテム別にセレクトしているため、特定のアイテムを除くと商品の産地の明記はしてないが、「和の涼しさで風雅な夏」を謳う“納涼コーナー”に京都産の和雑貨は違和感なく、溶け込んでいる。

ロフト
渋谷丸荒渡辺

■野菜も質感の高い「京都」ブランドが人気

京都産のブランド野菜である“京野菜”は、朝廷や公家、幕府のトップクラスが楽しんだという御所風料理によってすでに当時から全国区の知名度を持っていた。“やんごとなき”人々は、当然のように高級な食材を求めたが、海から遠く、新鮮な魚介類の乏しい京都にあって、食材には限りがあった。そこで、旬の野菜にかかるウエイトは大きくなった。みず菜、壬生菜、九条ねぎ、京たけのこ、伏見とおがらし、加茂なす、万願寺とうがらし、鹿ケ谷かぼちゃ、えびいも、聖護院かぼちゃ、堀川だいこん、くわい、金時にんじん、丹波栗、黒大豆、小豆、紫ずきんなど、数え切れない種類の野菜が生まれることになる。今日では“京都ブランド”のひとつとして、渋谷でも入手できる。

「シブヤ西武」地下の高級食料品フロア「ザ・ガーデン」では“京野菜”のコーナーが充実している。「東急東横店のれん街」と「東急フードショー」で生鮮野菜とフルーツを販売している「フルーツハヤシ」でも、売り場には大きく“京野菜”と銘打って販売されている。「ザ・ガーデン」青果チーフの杉山さんは「オープン当初はみず菜と壬生菜しか扱ってなかっが、その後、ニーズがあったので京野菜の充実をはかっていこうと考え、多品種を扱うようになった」と説明する。人気があるのは、みず菜、壬生菜、九条ねぎ、万願寺とうがらしなど。「京野菜は野菜のランクでいうと高いところにある。高品質野菜のひとつの枠として京野菜を置くことで、店のイメージアップにもつながる」と杉山さんは狙いを説明する。京野菜を手に取る消費者は当然女性が多いが、値段はまったく気にせずに購入していくそうだ。また、渋谷界隈の料理店のスタッフが購入することも少なくない。「値段より品物で選んでいる」と、京野菜ブランドの強さを強調する。

シブヤ西武

一方、京都市は海から遠いことから、食物の加工・保存技術が発達した。「鯖ずし」や「箱ずし」に代表される“熟(な)れずし、漬物、佃煮、乾物は京都で独自の発展を遂げる。「東急フードショー」に店舗を構える京漬物の老舗「近為(きんため)」 では、週に何便か京都から漬物が入荷する。あさ漬、ふか漬など単品で購入(350~600円)できるほか、ギフトセットも好評とのこと。

近為
ザ・ガーデン

■京料理のカジュアル化に挑む新規オープン店

現在の京料理を大別すると「懐石料理」「精進料理」「おばんざい」の3つに分類できる。懐石料理は、もともと茶道で茶を出す前に出される簡単な料理。茶道のメッカでもある京都では、さまざまに工夫が懲らされ、季節の香り、旬の食材が尊ばれた。和菓子職人を生み出したように茶道の探求心は、恵まれた風土に汗と技を限りなく活かす、京野菜職人や京料理人を育ててきた。一方、精進料理は肉や魚を使ってはならないもの、それこそ野菜料理の宝庫であり、栄養価も含めた京野菜を必要とした。

10年以上前に渋谷で逸早く“おばんざい”を始めた「雪月花(せつげつか)」(神南)は、オーナーが京都出身ということもあり、料理、インテリアなど随所に京都の匂いがあふれている。間口が狭く、地下に広がる奥行きのある店内(150坪)は、茶室を模した会席と和食バーの「雪」、おばんざいの「月」、メインバーの「花」の空間で構成されている。その後、1992年に“逆輸入”の形で京都市内にもバースタイルの「雪月花」を出店した。店長の深津さんは「今でこそ“おばんざい”といえば誰にでもわかる料理だが、オープン当初はまったく知られていなかった。しかも、当時の神南には何もなく、店は渋谷駅からも少し遠いので、わざわざ来ていただく店として、京都のおもてなしの心で臨んだ」と話す。“おばんざい”は、昼は「おばんざい弁当(1,000円)、夜は京野菜を使ったアラカルト料理や「おばんざいコース」(4,500円、6,000円など)が人気。

和食店でよく耳にする、この「おばんざい」だが、正式には「お番菜」と綴る。番は番茶などに使われているように、普通のもの、あるいは粗末なものを表し、常の惣菜=常のおかずという意味。鎌倉時代に仏教とともに伝えられ、もともと僧侶が調理し食したものを起源とする。京都の町衆の食は質素なものであり、季節の野菜をたっぷりと煮炊きして、食卓を満たしていたと言われている。深津さんは京風料理が渋谷でも普及した理由のひとつに流通が整備を挙げる。「輸送経路が発展し、全国どこでも入手できるようになった。京の食材は山の幸が多く、中でも京野菜という独特の発展を遂げてきた野菜がメイン。京野菜を時間のロスなく、東京でも手に入るようになってきたことは大きい」。加えて「野菜をふんだんに使った京料理は、若い女性を中心としたヘルシー志向にぴったりだった」と語る。また、京風料理と謳って創作和食料理が受け入れられるようになった背景を「食材が多様化してきているので、それらを駆使して料理の可能性を探っていくことが京料理の発展にもつながる」と、分析する。深津さんは最後に、サービス業に就く者として、京都のお茶屋や茶室で催されるホスピタリティーには学ぶべき点が多いと強調する。「接客やサービスの基本は、京都の茶室の文化。当社では定期的に京都に研修に出向いている」(深津さん)。

雪月花
雪月花(せつげつか)

京都のガイドブックにもよく出ている住所を示す呼称、「上ル(あがる)」「下ル(さがる)」「西入ル(にしいる)」「東入ル(ひがしいる)」。「上ル」は北へ向かう(地図では上)、「下ル」は南へ向かう。「西入ル」「東入ル」は西へ、東へ向かうこと。呼称ひとつとってみても、京都の歴史を感じさせるものだ。この独自のネーミングをそのまま用いた和食の店が「上ル下ル西入ル東入ル」(神宮前)。若者が闊歩する原宿に2001年12月に開業し、コース3、800円という手頃な価格もあって、またたくまに“予約の取れない”人気店となった。店名が示す通り、京料理の店であるが、穴蔵のような入口から地下に降りていくプロセスは、古都のイメージではない。料理人、サービススタッフとも京都から上京。2000年、京都・東山区川端四条に登場し、人気店となったくずし割烹「枝魯枝魯(ギロギロ)」がプロデュースした東京1号店である。

オーナーの細川さんは「東京で京都の店を開く以上は、京都のコピーであるとか、京都のエッセンスを持ってくるくらいしかできないが、京都に根付いた、東京離れした料理を、どれだけそのまま東京で提供できるかがポイント」と語る。同店が提供するのは敷居の高い京料理ではない。「1~2万円払って食べる京料理もいいが、それは普段は食べられないもの。ウチの3、800円のコースに人気があるのは、値段が受けているのでなく、その値段でそれ以上のものが楽しめるから」と、人気の要因を分析する。京都の「枝魯枝魯」、原宿の「上ル下ル西入ル東入ル」が提案する“くずし割烹”とは、京料理にヒネリを加え、かつカジュアルに仕上げた料理のこと。細川さんは「京料理の基本があって初めて成り立つもの。だから流行の創作和食とは異なる。また、雰囲気がいい店はいっぱいあるが、料理人の思いが伝わることは少ない。どんな人が作っているのかと思える料理は、思い入れがこもっている」と、雰囲気もさることながら、料理の真髄こそが重要だと説明する。

「京料理やすぐし割烹は、どれだけ手間をかけて、客に楽しんでもらえるかが重要。3,800円の料理は、手間賃を取ってないから出せる料金。仕事の手間をどれだけかけるかが、京料理が代表する伝統的な和食のテーマ。京都のテイストが入っているだけで満足できる店はあるが、手間隙かけて客を楽しませることのできる店との違いは大きい。手間隙かけた結果、利用者に満足してもらえるものになる」と、細川さんは“見えない仕込み”の重要性がポスピタリティであることを強調する。だからこそ京都風のインテリアにはこだわらない。「京都づくりの店舗にしなくても、料理と接客だけで、京都のマインドは伝わる」(細川さん)。原宿というロケーションについても「原宿に出店する際に8割くらいの人が反対した。反対理由は若い子が多くてゴチャゴチャしていて店が多いからだが、青山、広尾、恵比寿などイメージのいいところに出すのはおもしろくないと考えた。むしろ逆に、そうじゃない場所にポツンと1軒この店あり、わざわざ足を運んでもらえるのが力強くて本物。それがくずし割烹のサービスだと思う。だから不安なくスタートさせた」と、もっとも京都らしくない場所に店を選んだ理由も自信に満ちている。

上ル下ル西入ル東入ル TEL 03-3403-6969
上ル下ル西入ル東入ル 上ル下ル西入ル東入ル

今年4月に代官山・旧山手通り沿いにオープンした和食店「Theみます屋」(鉢山町)は、京料理をベースとした創作和食の店。経営する「ザ・エルエーマート」(本社・京都市)は京都市内に多くの飲食店を展開し、京都・先斗町に「みます屋」の本店を構えている。代官山店を出店するにあたって料理人もホールスタッフ京都から赴任。飲食店全店舗の統括マネージャーである河原さんは「まず京料理をベースに考え、それを現代と合わせて、何ができるのか、といったところが出店の最大のポイントだった。本格的な京料理といえば懐石料理や精進料理だが、当店で提供するのはモダンな京料理、新化した京料理、いわば京風の最新の創作料理。だからインテリアも現代の京都をミックスさせている」と、店のコンセプトを語る。

それでは“京料理”でなく、“京風料理”とは何を指すのだろうか。河原さんは「京都の食材はいっぱいあるが、味付けははっきり言ってそのまま食べても薄味過ぎる。現在では、京都の人でも食べていない。煮炊きものにしても、僕らでもおいしいとは思わない。実は味付けの濃さを2ランクくらい上げたところが僕らにはおいしい。東京ではレベル5くらいに上げるようにしている。つまり、京料理を現代風にアレンジしている。“京料理”を“京風”に変え、なおかつフレンチ仕立てやイタリアン仕立てにしている。これが新しいスタイル」と説明する。もちろん、京風を演出するのは、京料理を象徴する京野菜である。さらに「店はコテコテの京都でいってもダメ。きちんとごはんが食べられて、カフェ風の空間もあり、オシャレで、代官山にも合った料理を心がけている」と、代官山というロケーションに合わせた店作りに集中したことを語る。

1階は京都を連想させるインテリアもあるが、洋風もあり、ミックス。2階は和室で、坪庭や雪見障子をしつらえ、京都を演出している。「女性のヘルシー志向は全国どこでも同じ。京料理イコール健康的な料理と受け止められているのは、野菜をふんだんに使っているから」(河原さん)と、ポイントはすべて押さえている。「京都という名前自体がブランドになっているので、仕事をしていて得だと思う」と、本音ものぞかせる。「それでも、東京の人が作った“京都風”と自分たちのような京都から来た者が作った“京都風”もまたどこか違う。最近、混乱しているのはそこ。しかし、僕たちは実際に京都から来ているので胸を張って言うようにしている、これがモダンな京都風です、と」と京都弁で語ってくれた。

Theみます屋

京都にあって渋谷にないものは、伝統、歴史、雅、わび・さびなど、曖昧だが確かに静かに横たわっている“日本文化”。それは江戸の大衆文化“元禄文化”より古く、かつ遠い距離にある。渋谷で容易に手に入るものではない。だから、そのエッセンスを散りばめた店やアイテムには希少価値が生まれる。新しく流行っているものや現象、つまりトレンドこそが良いものとして疑わない渋谷の若者にとって、京都をシンボルとする“和もの”は“ブランニュー”に映るのかもしれない。一昔前は主に中高齢者層へのモチーフとして使われた“京都コンセプト”が今、若者へのモチーフとして脚光を集めている。“京都コンセプト”の導入で、単なる“和風コンセプト”をより具体化し、かつ本物感を漂わせる効果が生まれる。

ただ、「いかにも京都」といった形でコンセプトをそのまま渋谷に“移植”しても、新鮮さを感じさせない。渋谷で展開されている“京都ブランド”の人気店は、京都のエッセンスを根底にしっかり残しつつ現代風のアレンジを加え、新たなコンセプトを打ち立てている点が特徴。“海外から見た日本”をイメージした飲食店が新鮮に映るのと同様、ホンモノ以上にインパクトを持たせるには相応のカスタマイズが欠かせない。ベトナム風、韓国風ブームのように、若者から見た新たなエスニック=京都という“見立て”を実行し、京都から全く新たなストーリーを発想し、この中で“なごみ系”や“癒し系”とリンクした空間やサービスを生み出す手法が静かに増殖している。

近代に入ってから、市電をまっさきに走らせ、町民主導で初の小学校を作った京都。市内に高速道路を縦断させないなど、進歩的で革新の街である京都は、伝統を守りつつも柔軟な吸収力で新しいものも受け入れる都市である。同じく新しい文化の吸収力に長けた渋谷は今、“京都ブランド”までをも消費しようとしている。

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