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「仕切り系」飲食空間、増殖の背景

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■繭(まゆ)をモチーフとした創造的空間がブームの先駆け

料亭は、伝統的な日本家屋や和室のルールに乗っ取り、いわば“真面目”な個室をしつらえてきた。ところが、ここ数年の間に急増した個室系飲食店は、料亭や茶室とは全く異なるアプローチから狭い空間を作り出してきた。中でも目立つのが「繭」や「かまくら」などをモチーフとした立体空間を店内に設ける斬新な店舗。今までとはかなり異なる新・個室系の出現が話題を呼び、あっという間にその勢力を拡大している。最近の傾向としては、個別に空間を分割する手法がバラエティに富んでいるため、「仕切り系」飲食空間と呼ばれている。

1999年に神山町にオープンしたワインバー「繭」は、こうした「仕切り系」飲食空間の先駆けともなった店。オーナーで建築家の堀川さんは「自分の店でもあったため実験的で大胆な店舗を作ることができた。駅から遠い場所に位置しているので、目的意識がなければ店まで来てくれない。そこで特異性のあるデザインを考えた。今日の“仕切り系”と呼ばれる店づくりを意識した訳ではなかった」と説明する。その柔軟な発想は、繭をモチーフとした狭い個室に顕著に表れている。また、ワインレストランでありながら、和紙や卓袱台、和食器を用い、意表をつく試みが随所に見受けられる。客席×単価が売上げとなるため、狭い飲食店では多くの客席が確保できない。そこで堀川さんは1フロアを2層にすることで客席数を増やすことを考えたという。必然的に天井高は低くなる。堀川さんは立体物を扱う建築家として、店内を立体的に作り込む一方で、狭い空間をポジティブに解釈し、茶室の哲学につながるミニマムな空間を作りあげることに成功した。

「ワインレストランにワインセラーはつきもの。日本なら蔵です。蔵、土壁、カイコ、繭、と連想し、店舗に和紙をあしらうことにした」と堀川さん。すぐに『繭』は話題となり、建築家や店舗プロデューサー、店のオーナーらが続々と店を訪れ、狭い空間や卓袱台、和紙といった空間のスペックを見て、その後、和食ダイニングを手掛けていった例も少なくなく「そこから和食ダイニングに“仕切り系”が増えていったと考察している」と、堀川さんは付け加える。

堀川さんが次に手がけたのが昨年10月、代官山に開店したワインレストラン「Le CoCon(ル・ココン)」(鶯谷町)である。エンタテインメント性に富んだ同店の、1 階のカウンター席を取り囲む壁にはモザイク状の板が張り付けられ、地下に降りると、広いスペースに長方形の卓袱台のようなテーブルが置かれ、その奥には大小14の「繭」をイメージした個室スペースが設置されている。個室スペースは2席~6席。『Le CoCon』とは、フランス語で繭の意味で、『繭』のモチーフはこの店でも活かされている。「狭くて薄暗い空間に座ると、何かにくるまれて安心する」という本能的な感覚は、胎内回帰とも言えるもの。仕切り系ブームの要因のひとつとして堀川さんは「交際費が削られている今日でも、恋人同士や親友同士なら、空間と飲食を楽しんだ代価として自腹を切れる。ホストがゲストをもてなす空間として満足できるものなら代価を払う。その空間は、あまりうるさくなく、他の視線からさえぎられた“仕切り系”が最適」と説明する。

ワインバー繭 TEL:03-5453-0301 ワインレストランLe CoCon TEL:03-5459-5366
Le CoCon(ル・ココン

昨年12月にオープンした「かまくら」(宇田川町)は、全体の内装は東北地方の町並みや旅籠(はたご)をイメージしたもので、しっとりとした日本情緒を醸し出しだす和風創作料理の店。最大の特徴は店名通り、店内に寄り添うように建ててある「かまくら」をイメージした四つの小部屋。腰をかがめて入口をくぐると、そこは大人4人でいっぱいになる狭い空間となっている。薄暗い灯りがまた東北地方の「かまくら」をイメージづける。同店を経営するリン・クルーの渡辺さんによると「密着した狭い空間で、仲間同士の会話が弾むと好評。広いリビング風の席もあるが、予約は“かまくら”から順に埋まる」とのことだ。

同店では「かまくら」以外にも格子で仕切った天井の低い半個室の土間席があり、その上には「ずし2階」と呼ばれる、天井の低い席が設けられている。これは2階建てを幕府から許されなかった江戸時代の町家で実施されたもので、平屋にもうひとつの階層をしつらえ、人が立つのがやっとという高さの小部屋をもうけた「ずし2階」の再現である。渡辺さんは「天井が低くて狭い部屋にいると落ち着くのは、もともと日本人が持っている資質。年配の方には懐かしく、若者には新鮮に映るようだ」と分析する。20代後半~30代が中心となる客層なので、演出に配慮をした低価格の「和風テーマレストラン」ともいえる。「かまくら」という渋谷とは別世界の空間は、街から遊離できる「非日常」となり、同じ価格帯の和風ダイニングや居酒屋がひしめき合う激戦区では、他店との差別化に貢献している。

かまくら TEL:03-5728-2977

「繭」や「かまくら」が醸し出すイメージは、日本人が伝統的に持っている「狭くて暗くて、あたたかい空間は居心地がよい」と感じる民族的な本能の受け皿となっている。また、狭い空間で落ち着くのは、母親の胎内にいるような感覚=「胎児感覚」を呼び起こすものとしても興味深い。守られている感覚、くるまれて安心する感覚は、まさに“胎児回帰願望”とも言える。現代人の心理的なニーズを読み解き、これを上質のエンタテインメント空間で待ち受けている飲食店は、仕切られた空間から順に予約で埋まっていく。

■土壁、のれん、すだれ、格子など日本古来のアイテムを駆使する「仕切り系」

日本の伝統的な家屋は、圧迫感なく部屋を仕切る工夫にあふれている。「のれん」や「すだれ」など頭上から吊る形式のものや、「屏風」や「ついたて」など天井まで届かない自立式の“壁”などの道具を擁して、外と中を微妙に区切ったり、障子、ふすまなどを用いて、廊下と居間、寝室と居間を区切るなど、日本人の知恵はいたるところに見かけられる。若手店舗デザイナーや建築家が、新鮮な眼差しで日本の伝統的な家屋の持つ柔軟性に目を向けたことで、商店建築に「ネオ・ジャパネスク」という新たな切り口が生まれたのである。

かまくら

今年5月にオープンした「かくれがダイニング さいぞう」(神南)は、福島県の民家で用いられていた土壁を渋谷に「移植再生」する形で利用している。土塀で仕切られた2~3名の席が店内のいたるところに、文字通り「隠れ家」のように設置されているのが特徴。個室25部屋に仕切りのないロフト席が巧みに設けられている。店長の田上さんによれば「バブル絶頂期に開かれた8~10名のパーティが確実に少なくなり、ここ数年、来店客は4名、3名、2名という単位になっている。当店の開店前には、ただっ広いオープンキッチンにすることも考えたが、少人数化という傾向を見て、小部屋をたくさん作ることにした」とのこと。店内には「こもり席」と名づけられたカップル用の小さな空間がしつらえてあり、暗い灯りと土壁が落ち着いた雰囲気を醸し出し、すこぶる好評。回転率は悪くなるが、その分客単価がアップしている。

田上さんは「週末のカップル比率は高い。何を求めて店に来るのかを分析すると、飲む・喰うよりお互いを知るための時間を共有するために来ている。そこに食事や酒が介在することで話が盛り上がったり、親密度がアップしたりする。当店では、つきあい始めて日の浅い“なりたてカップル”が多いのがポイント」と分析する。飲食業の変遷を見てきた田上さんは業界を俯瞰して「どこかのグループが盛り上がっていると、静かなグループから“静かにしてほしい”という要望が出るようになったのも最近の特徴」と付け加える。

かくれがダイニング さいぞう TEL:03-5728-8448
かくれがダイニング さいぞう

青山、広尾、恵比寿など若者で賑わう街に店舗を構える「我(が)や」。5月に開店した「我や渋谷」(宇田川町)は入口近くに4席のボックスが3部屋、奥に6席、8席、15席の個室3部屋を擁する和風ダイニング。15席の個室は中央にスクリーンが下り、二部屋に分断できるよう工夫されている。同店を経営する(株)ガヤの専務、松本さんは「5年前に青山店を移転オープンさせた際に小部屋を設けたら、小部屋を指定して予約する方が予想以上に多かったので、渋谷店では個室を充実させた」と説明する。 同店では5~6人の少人数の合コン需要が多いが、どのグループも個室を求めているという。「ほとんどの方が個室を希望する。個室が空いていない場合、オープン席をすすめても敬遠される」と、松本さんは現状を話す。また、かつては見知らぬ者同士でも同じ空間にいる客として、意気投合して盛り上がるという光景はよく見られたが、近年では隣に学生グループが来るだけで嫌悪感を表す客が増えているとも。松本さんは「放っておいてほしいという現代人の傾向はよくわかるが、その中でも店としてはあたたかいコミュニケーションを取りたいと考えている」と、接客の大切さを強調する。

我や

「仕切り系」を極めると、「個人」に行き着く。消費者の「個食化(一人で食事を済ませる)」が進む中、遂に一人「仕切り系」飲食店も出現している。

「世界初! 味集中カウンター」と名付けて隣席との間に「仕切り壁」を設けているラーメン店が10月19日にオープンした。九州の人気ラーメン店「一蘭」の東京1号店となる「六本木大江戸線駅上店」で、カウンター席前にのれん、席と席の間に「仕切り壁」が設置されている。本社(福岡市)広報部の井上さんによると、この仕切り壁は、1997年に開店した「博多駅サンプラザ地下街店」で初めて導入したもの。現社長が図書館で仕切りのある学習室で本を読んでいる際に、仕切り壁があることで読書に集中できたことから考案されたという。

井上さんは「周りを一切気にせず、食べることだけに集中できるようにしたもの。味覚の妨げとなる他人の視線、会話、周りを気遣う気持ち、羞恥心を少しでも取り除いた環境で食べて頂くことにより、味覚が研ぎ澄まされ、一蘭ラーメン本来の味がよりわかって頂けると思い、このような造りになっている」と説明する。また、カウンター席の目の前に下がっている「赤いのれん」によっても店員の視線を受けることはないよう工夫されている。これも現社長が福岡の店で対面する客同士が食べにくそうにしているのを見て「のれん」で互いの視線を遮ることで、さらにラーメンに集中できると考案したという。これによって「客対ラーメン」の1対1の関係が築けるのである。

一蘭

■「仕切り系」ヒットメーカーの戦略

2000年にオープンした「忍庭」(恵比寿、赤坂、青山)、「AZOOL」(西麻布)、「萬葉庭」(猿楽町)など、メッドグループが経営する各店舗で斬新なアイデアの飲食空間を創造しているのが、店舗プロデュースの株式会社キューブ。前述の店舗はすべて同社代表の原田さんが企画・プロデュースを手掛けたもの。全店に通じる開発セプトは、空間を絶妙に仕切る「多様な個室ダイニング&バー」空間。原田さんは、「商業施設の企画・プロデュースを手掛ける立場として、まず店の売上げを意識する。手掛けてきた店のキーワードは、艶(つや)、色気、口説く、といったもの」と切り出す。「男女でも同性でも親しくなるためには、ある程度の艶っぽい空間を演出する必要がある。艶っぽい個室や半個室をしつらえておいて、部屋代は取らない。すると利用者は安いと感じる」と、原田さんは説明する。つまり単価を下げて「ああ、安かった」と感じてもらうのでなく、高級感のある小部屋を利用してもらうが、料金を適正価格にすることで「安い」という満足感を提供できるのである。ポジショニングは「居酒屋以上料亭未満」だが、より料亭に近いところに位置付けるのがポイント。

空間を仕切るメリットとして、原田さんは

  1. 客単価が上がる
  2. 店の全貌が見えないので、次回は他の部屋へ行きたいと思わせる仕掛けとなる
  3. 店の雰囲気が演出しやすい
  4. 本来デメリットであった「狭さ」によって他店との差別化ができる
我(が)や

点などを挙げる。原田さんは、8月に開店した初の直営店「CUBE ZEN(キューブ ゼン)」では、15の立方体で構成された個室の集合体をつくった。全体を貫くコンセプトは、ミニマムな和をテーマとした「ZEN」スタイル。このアイデアは原田さんの中で湧きあがったものだという。「海外から戻ってきた禅の思想と和の仕切り空間、そしてサービスがポイント。ここぞ、という時に使ってもらえる店は残るはず。来店者がエントランスに立った時にクラッときたら、すでに勝ちです」と話す。

さらに、原田さんは10月27日(土)、「ミュージアム・フォー・シップス」の4階にオープンするカフェダイニングバー「RECUE(りきゅう)」のプロデュースも担当している。原田さんは「新たなコンセプトで、カウンター席全体が仕切られた空間になっているほかソファー席でも新たな仕切り系空間をつくった」と語る。

株式会社キューブ

飲食業界に新たな視点で捉えた「仕切り系」店舗が登場したのが1999年。携帯電話の台数が飛躍的に伸びた時期、インターネットが普及し始めた時期と重なる。「まんが喫茶」では、細かく仕切られたスペースにパソコンが設置され、DVDもインターネットも他人の視線を気にせず楽しめるよう発展した。旅行でも団体より少人数グループが主流になりつつある。

集団から小グループ、小グループから個人へと細分化されていったマーケティング戦略のように、飲食店も消費者の志向に合わせてシフトチェンジを始めた。「仕切り系」飲食空間が好感を持って迎えられるようになった背景には、先輩後輩の「体育会系」つきあいを極端に嫌う20代~30代が、飲食マーケットの主役を担うようになったことが挙げられる。この世代は少人数の親しい仲間の間では自分をさらけだすことができるが、知らない人とは深い関係を結ぼうとはしないことが背景の一因にあると考えられる。

せめて知人とは深い人間関係を築いていたいと願う現代人にとって、「仕切り系」飲食店は、知らない「他人」の視線や存在を遮断し、知っている「相手」との距離を絶妙に保ってくれる絶好の装置として機能しているのである。「非日常を味わえる心地よい狭さの、仕切られた空間」が求められている理由はここにあるのかもしれない。一方、効率を追求する飲食店側も、こうした動きには素早く対応し、稼働率や客単価の面から、「仕切り系」空間への変身を画策している飲食店は少なくない。

時代の気分が、外に向かって発散する「イケイケ」ムードから、内側に「こもる」ようになったのは、景気後退に伴う所得の伸び悩みが大きな要因。外食マーケットを担う20代~30代にもその空気は十分浸透しており、「仲間だけで囲んでいたい」「親しい者だけでじっくり語り合いたい」という消費者の心理は、飲食店に見る「仕切る」「こもる」という空間のあり方に反映されている。時代は、飲んで騒いで発散するより、食べながら語らう方向へ向かっているとも言える。所得が増えない今日、親しい者とごくごく少数で開く“宴”にこそ、エンタテインメント性が求められている。

1年で一番稼ぎ時となるこれからの2ヶ月、予約は「仕切り系」飲食店の“仕切られた”空間から順に埋まっていく。

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