特集

不朽の名著VSニューウェーブ系?
いまどきの「学習参考書」事情

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■嗜好に合わせ「ビジュアル系参考書」が続々登場

ティーンズが使う学習参考書と言えば、かつては幾何学模様の装丁などで「いかにも」といった観の地味なものが主流だった。しかし、近年は人気作家のイラストを装丁に採用したものなど、ビジュアル面を重視した参考書が増えてきている。中でも、ビジュアル系参考書の刊行が多い中経出版編集部、第3グループプロデューサーの山川さんに話を聞いた。

「イラストを使い始めたのは、書店の店頭で目立たせることが目的。書店さんはまずカバーでその本が売れるかどうかを判断するため、学習参考書にとってもカバーは重要」と、山川さんはビジュアル戦略の意図を語る。現在同社では、2002年から刊行した「センター試験シリーズ」の装丁で漫画「東京大学物語」で有名な江川達也さんのイラストを使った参考書を15冊刊行している。その他にも、予備校の人気講師が解説する「面白いほどわかるシリーズ」では漫画「魔法遣いに大切なこと」で有名なよしづきくみちさん、医療看護系の参考書には電撃文庫の挿絵などで活躍する椎名優さんのイラストを表紙に施している。山川さんは「デザイン的に目立たせるという手法もあったが、ターゲットを考えると、10代に支持されそうなイラストレーターを人選し、派手にイラストを前面に出したほうが得策と考えた」と言う。

同社のイラストを配した学習参考書は、いずれも重版になるなど、目下のところ狙いは的中した。もちろん、学習参考書が売れる要因はカバーだけでなく、内容や執筆者名も左右するため、ビジュアル面に力を入れたことだけが勝因とは断言できないそうだが、同社は今後もビジュアル戦略を続ける予定だ。「イラストには個人の好みがあるため、万人に受け入れられるのは不可能。読者のアンケートハガキの中には、少数派だけれどもイラストが嫌だという意見もある。しかし、好調に売れ続けている以上は、しばらくはこの路線で続ける予定」と山川さん。

また、ビジュアル系参考書で最近話題となっているのが「萌える英単語 もえたん」(三才ブックス)。これは美少女のイラストを使ったストーリー仕立ての英単語集で、「萌える」とは、インターネット上で使われるようになった、美少女キャラに男性が抱く愛情を表現する言葉。「もえたん」を作った三才ブックスの編集長、村中さんによると「実用一本槍の参考書が多い中、今までにないものを作りたいと考えた」ことから、この商品が生まれたという。しかし、スタート地点が学習参考書の製作だったわけではなく、美少女関係の商品を作ろうというところから始まり、誰もが人生の中で1度は使う英単語集に辿り着いたそうだ。「学生だけでなくアニメファンによる購入部数も大きいが、中には読者から『もえたんを使って大学に合格した』というハガキも送られてきて、非常に嬉しかった」と村中さんは語る。

「もえたん」は2003年11月に刊行してから現在までの間に16万7000部の売り上げを記録している。2004年2月には、ボーイズラブ(美少年の同性愛)をテーマにした「恋する英単語」(三修社)も発売になり、「もえたん」も現在続編を製作中だという。参考書の世界にも、画一的なものではなく、カルチャーの細分化に応じたきめ細かな商品開発の波が押し寄せているようだ。

中経出版 三才ブックス 「萌える英単語 もえたん」公式サイト
「センター試験シリーズ」 「面白いほどわかるシリーズ」 医療看護系の参考書 「萌える英単語 もえたん」

■ネットの口コミが参考書の評価を左右する?!

学生たちが参考書を評価し、その情報をデータベース化したサイトが「参考書評価プロジェクト」。このサイトを運営する立教大学4年生の河本さんに、プロジェクト立ち上げの経緯を聞いた。「もともとは学生のネットワーク作りのためにポータルサイト「キャスフィ」を開設したのがきっかけ。学生にとって参考書の購入判断には口コミが最重要であり、参考書に関する情報や評価に対するニーズは多いだろうと考え、このプロジェクトを立ち上げた」と、河本さんは語る。実際に参考書を使った高校生や、受験を終えた大学生による評価は、売り手側の視点とは違い、使い手側の意見として信憑性が高い。同サイトの参考書のレビュー数は約800件、月間ページビューは携帯版も含め約300万件に上る。

実は受験生時代、かなりの参考書マニアだったという河本さん。立ち読みをした数も膨大だが、予備校にお金を使うくらいなら参考書に使ったほうがいい、という考えで100冊ほどは購入したという。しかし、実際は少し手を付けただけで最後まで読まなかったものがほとんどだとか。参考書は、買う段階では役に立つか、自分に合うか、最後まで飽きずに読めるかなどを見極めるのが難しいものだ。「僕が受験生の頃はインターネットもあまり普及していなかったため、情報を得られる先が学校の先輩くらいしかいなかった。しかし今は、良書かどうかの判断をネット上で情報収集する学生が少なくない」と河本さんは見ている。

同サイトには、訪問者数が多いほど注目度が高いという解釈でランキングされたページがある。現在の1位は前述の「萌える英単語 もえたん」だ。最近の参考書の人気傾向について、河本さんに聞いたところ、「確かに、『もえたん』のようにビジュアル系の企画モノは話題になっているし、最後まで読めないものよりは、飽きずに読破できるという点から支持されているようだ。しかしその反面、何十年も前に刊行された、いわゆる名著と呼ばれる参考書も、ネット上の口コミにより不動のポジションを築いている」。2位にランキングしている「ビジュアル英文解釈」(駿台文庫)はまさにその代表格で、著者の伊藤和夫氏は元駿台予備学校英語科主任講師として教壇を離れるまで人気を博し続け、「英文解釈教室」(研究社)をはじめとするベストセラー参考書を数多く出版した人物。この「英文解釈教室」も、同ランキング4位に位置付けている。何十年も前に出版され、改訂を繰り返しながらも支持されつづける参考書と、ビジュアル重視の「楽しめる」企画モノの参考書、全く正反対のものが人気を二分しているようだ。

河本さんのところには、書店の店員から問い合わせのメールがよく届く。ネット上ではどんな参考書に需要があるのかをチェックして、書棚作りに反映させている店も多いそうだ。「参考書に関するネット上の口コミが、市場における参考書の価値を左右する、といった現象が起きている」と河本さん。英単語帳のように学生が持ち歩くものは、通学時や学校などで人目についたり話題に上ったりといった「生の口コミ」が発生するが、自宅学習に使う学習参考書類は人目に触れる機会が少ない。そのため、ネット上の口コミの影響力が相対的に高くなっている。

Casphy(キャスフィ)
参考書評価プロジェクト

■「学力アップ」に弱い親の心理を突くタイトル効果

最近話題の参考書として河本さんが注目しているのは「本当の学力は作文で劇的に伸びる」(大和出版)という参考書。「多くの学習参考書がテクニックや企画などに走っている中で、根源的な『学力のアップ』に注目したところが、学生の本音の需要にマッチしているのでは」と河本さんは見ている。大和出版編集部副部長の竹下さんは「今年の2月末に発売し、現在ですでに3万部売れた。著者の発想自体が斬新で、目からウロコが落ちたなどという感想が多く寄せられている」と言う。著者の芦永奈雄(あしながなお)さんは2002年1月に国語専門の小平村塾(しょうへいそんじゅく)を開塾。作文ができれば国語ができるだけでなく、考える力が身に付くことによってほかの科目もできるようになる。つまり、学力を伸ばす手段が「作文」である、というのが芦永さんの発想だそうだ。基本的に塾は通信教育だが講演会なども行なっている。

インパクトのあるタイトルについて竹下さんは「中身がわかりやすく、新しいテーマ性が伝わりやすいタイトルを付けた。なかでも『学力』という言葉は、学生の親を第一読者と意識して使った」。若者の学力低下などと騒がれている今、「学力アップ」という言葉には、逆に親のほうが反応しやすいという心理を狙ったタイトリング。実際、中高生の購買者も多いが、その親、教員、さらには孫のために購入する祖父母の姿も見られるそうだ。

大和出版

学習参考書は一般書籍と比べてベストセラーが出にくいジャンルだと言われている。特に、ここ5年の間に新刊として発売された参考書で、爆発的に売れているものは数少ない。そんな中、ビジュアル系参考書がヒットし、昔ながらの名著と呼ばれる参考書も今やネット上の口コミが価値を左右している。参考書業界では今、先輩から後輩へと語り継がれる「合格神話」を背景にした不動のオーソドックス系に混じり、いわゆるユーザーである中高生を取り巻く嗜好の変化に合わせたニュー・ウェーブ系が、じわり売り上げを伸ばしている。

「本当の学力は作文で劇的に伸びる」
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