特集

活字パワーに惹かれ始めたティーンたち
書き手志向の高まる10代と文学の関係

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■文壇を目指すティーンが増えた理由と作品の傾向

現代の若者は活字離れや文学離れを起こしていると言われている。一方で、芥川賞を受賞した綿矢りささん(19)や金原ひとみさん(20)など、若手の実力派作家も続々と登場している。綿矢さんの処女作「インストール」は、綿矢さんが17歳のときに史上最年少で第38回「文藝賞」(主催:河出書房新社)を受賞し、翌々年の第40回には同じく17歳の羽田(はだ)圭介さんの作品「黒冷水(こくれいすい)」が受賞した。今や若い作家の登竜門とも言える「文藝賞」-10代の応募状況やそのレベルについて「文藝」編集長の吉田さんに話を聞いた。

「『文藝賞』に応募してくる10代は、全体の約7パーセント程度。漠然としたイメージだが、10代応募者の作品水準は全体的に高まっていると思う」と、吉田さん。その要因の一つとして、綿矢さんや羽田さんのような同世代の書き手の受賞により、10代の若者が「小説を書く」という行為を身近に感じ始めたのではないか、と吉田さんは言う。さらに、もう一つの要因として「小説を書くための方法論の習得に時間がかからなくなったことも関係しているのでは」と、推察を加える。例えば、パソコンを使うことにより、ストーリーの並べ替えや挿入、削除といった基本的な作業が手書きに比べてはるかに容易になった。つまり、10代が書き手として文学と関わる背景には、「パソコンの普及」が少なからず影響しているようだ。

また、金原さんが昨年、19歳のときに受賞した「すばる文学賞」(主催:集英社)も、気鋭の新人を輩出する文学賞として知られている。文芸誌「すばる」副編集長で、「すばる文学賞」の予備選考に10年以上携わっている長谷川さんに話を聞いたところ「応募者の中で10代が占める率は約8%で、他の世代の男女比率は男性が高いのに比べ、10代だけは女性の方の比率が高い」と言う。長谷川さんもここ数年、10代の作品で目に留まるものが増えたと感じていると話していることから、10代文学のレベルは明らかに向上しているようだ。ただ一方で「他の年代層と比べると、やはり物語の状況設定が学校生活や家庭生活に止まるところが、書き手としてのティーンの弱点」とも付け加える。

10代が文筆に意欲的になった背景には「いじめや両親の離婚など、学校問題や家庭問題がマスコミで大きく取り沙汰されるようになったことが起因しているのではないか」と、長谷川さんは捉えている。「10代と言えば思春期であり、その感受性は内面的な部分に向けられる傾向が昔は強かった。しかし、社会問題として取り沙汰される学校や家庭のニュースに対して敏感に反応せざるを得なかった現代の10代は、そのような世情を客観的に捉え、外側に向けて発信することに長けてきたのではないか」と分析を加える。そう言えば、金原さんも小6のときに不登校を経験し、高校中退という経歴を持つ。「すばる文学賞」「芥川賞」を受賞した作品「蛇にピアス」は、暗い時代を生き抜く若者の受難と喪失の物語であり、こうした作品も、現代の複雑な世情を反映した作品になっている。

河出書房新社 集英社 すばる

■口コミ効果が売れ行きを左右するティーンの購買動向

読み手としてのティーンはどのような傾向があるのだろうか。全国に57店舗を展開する書店チェーンの「LIBRO(リブロ)」では、世代別書籍販売ランキングを集計している。そこで、10代が中心となる21歳以下の文芸ジャンルの販売ランキング(対象期間:3月19日~4月18日の1ヶ月)を見てみよう。

順位 書名 著者 出版社
1 世界の中心で、愛をさけぶ 片山恭一 小学館
2 蹴りたい背中 綿矢りさ 河出書房新社
3 deep love 完全版 アユの物語 yoshi スターツ出版
4 13歳のハローワーク 村上龍 幻冬舎
5 インストール 綿矢りさ 河出書房新社
6 蛇にピアス 金原ひとみ 集英社
7 トリビアの泉 ~ヘぇの本~ 5 フジテレビ 講談社
8 トリビアの泉 ~ヘぇの本~ 6 フジテレビ 講談社
9 盲導犬クイールの一生 石黒謙吾 文藝春秋
10 deep love 2 完全版 ホスト yoshi スターツ出版
11 deep love 3 完結版 レイナ yoshi スターツ出版
12 dear friends リナ&マキ yoshi スターツ出版
13 ダーリンは外国人 2 小栗左多里 メディアファ
14 号泣する準備はできていた 江國香織 新潮社
15 こんな○○は××だ! 鉄拳 扶桑社
16 もしも私が、そこにいるならば 片山恭一 小学館
17 僕と彼女と彼女の生きる道 橋部敦子 角川書店
18 スイートリトルライズ 江國香織 幻冬舎
19 プライド 野島伸司 幻冬舎
20 いま、会いにゆきます 市川拓司 小学館
21 アッシュベイビ- 金原ひとみ 集英社
22 言いまつがい 糸井重里 ほぼ日刊イト
23 ダーリンは外国人 外国人の彼と結婚した 小栗左多里 メディアファ
24 満月の夜、モビイ・ディックが 片山恭一 小学館
25 deep love 特別版 パオの物語 yoshi スターツ出版

リブロ調べ 2004.03.19~2004.04.18

上位を見てみると、3位「Deep Love 完全版 アユの物語」(Yoshi著・スターツ出版)、2位「蹴りたい背中」(綿矢りさ著・河出書房新社)、1位「世界の中心で、愛を叫ぶ」(片山恭一著・小学館)となっている。また、綿矢りさ著「インストール」(河出書房新社)は5位、金原ひとみ著「蛇にピアス」「アッシュベイビー」(共に集英社)は6位と21位。そのほか江國香織著「号泣する準備はできていた」(新潮社)14位、「スイートリトルライズ」(幻冬舎)18位、片山恭一著「もしも私が、そこにいるならば」(小学館)16位、「満月の夜、モビイ・ディックが」(小学館)24位などが上位にランキングされている。

ティーンが集まる渋谷センター街の入り口にある書店「TOKYO文庫TOWER」の川上さんに話を聞いた。「ティーンによく売れる文学には、二つの傾向がある。一つは授業や受験がらみの文豪と言われる作家の作品で、特に夏目漱石、芥川龍之介、森鴎外はロングセラー。もう一つは自分の好みで購入する文学で、『itと呼ばれた子』(デイヴ・ペルザー著・ヴィレッジブックス)や『Deep Love』が売れ筋」とのこと。ティーンは若い作家や、とくに女流作家の作品に共感するところが多いようで、選ぶ基準としては「みんな(周囲の友人など)が読んでいるもの」「値が高くないもの」に加えて「泣けるストーリーかどうか」がポイントとなっているようだと川上さんは言う。やはり、1,000円以上の本は、10代にとっては「高い」という印象があるらしい。また、女子高生たちが数人で来店し、「この本は泣けるよ、イケるよ」といった薦め方をしているのをよく耳にするそうだ。しかし、「泣けるか」どうかという点は、作品に感動を求める他の世代でも同様に購買の基準となっているようだが、感受性の強い10代では特にその基準が「泣けるかどうか」にありそうだ。

書評誌「ダ・ヴィンチ」編集長の横里さんは、10代と文学の関係について以下のような見解を話してくれた。「昔の10代は、メディアの違いをはっきりと意識していた。その表現方法が活字でなければいけないという人は文学青年となり、映画でなければという人は映画研究会に入り・・・といった具合で、ある意味不器用だったとも言える。しかし、現代のティーンは、生まれたときから様々なメディアが目の前に用意されていたため、そうしたカテゴリーに捕らわれず、器用に自分にフィットするものを選ぶ。つまり、文学にしろ、映画にしろ、ゲームにしろ、形態に捕らわれず、今、面白いと感じるものを追う傾向があるのではないか」と話す。

そして、一時は活字離れを起こしたティーンも今は活字に戻りつつあり、今後10代の文学熱は盛り返していくのではないかと横里さんは見ている。メディアが豊かになり、映画やインターネットなども追いかけてみたけれど、ティーンは「やっぱり本っていいじゃん」と感じ始めたところではないか、という。今や映画もDVDが主流になりつつあり、頭出しなどが瞬時に行なえる点が便利だが、本だってページをめくればすぐにストーリーを戻すことができる。また、もともと本は持ち運びに便利で、モバイル性にも優れたメディアだ。「新しいメディアを一巡し、興奮が治まってきた現在の10代は、歴史ある活字文学の魅力に再び目を向け出したところ」と横里さん。

そんな環境における10代の文学の選び方とは、「難しい文学批評やメッセージ性などはあまり関係なく、友達の『良かった』『おもしろかった』といった感覚的な意見によって動く。つまり、口コミが最も有力な情報源になっている」と、横里さんは言う。例えば、自費出版でありながら24万部というセール記録を達した「リアル鬼ごっこ」(山田悠介著・文芸社)などは、著者もまだ大学生であり、文学と呼ぶには少々未熟な印象の作品ではあるが、人気のきっかけは10代の口コミによって話題となった。様々な情報が飛び交う今、10代にとって最も信用できる情報源が「友達」である証でもある。

リブロ TOKYO文庫TOWER ダ・ヴィンチ
Yoshi「Deep Love 完全版 アユの物語」 TOKYO文庫TOWER

■ライトノベルの市場拡大は文学復権の鍵となるか

現在ティーンの間で人気を博し、一般にも浸透しつつあるニュー文学が「ライトノベル」というジャンル。具体的なレーベルには「電撃文庫」「角川スニーカー文庫」「コバルト文庫」「富士見ファンタジア文庫」などがある。中でも男性読者を中心に市場をリードする「電撃文庫」の編集長、鈴木さんに話を聞いた。

「1980年代の終わりごろ、『剣と魔法の世界を舞台とした冒険物語(いわゆるファンタジー小説)』がヒットしたことから、ライトノベル市場が生まれたと記憶している。当時は『ジュヴナイル』『ヤングアダルト』などとも呼ばれていたが、ここ数年で『ライトノベル』という呼称が定着した」と鈴木さんは言う。ライトノベルの定義としては、90年代前半まではファンタジー小説のことを指していたようだが、近年は作風も多様化し、SF、ミステリー、ホラー、学園もの、恋愛ものなど様々なジャンルに拡がりを見せている。よって作品性による定義は難しいが、鈴木さん曰く「10代を中心とした若者層に向けて書かれた小説=ライトノベル」だそうだ。10代に支持されている理由としては「読みやすい文章、わかりやすい内容、イラストを多用した装丁など、小説のなかでもエンタテインメント性が突出している点が受け入れられている」と鈴木さんは捉えている。

ライトノベル市場全体で発行される年間冊数は、約1,500万部(鈴木さん)。ちなみに「電撃文庫」は新刊のみ、重版を除いて年間510万部を発行している。この業界では初版でも2~3万部を刊行し、人気が出たら重版するというパターンが定番で、5万部売れたらスマッシュヒット、10万部売れたらビッグヒットと言われている。シリーズ化しているものの場合は総計で50万部、100万部で大ヒット。ちなみに「電撃文庫」発行の人気作品は3位「フォーチュン・クエスト」(深沢美潮著)、2位「ブギーポップは笑わない」(上遠野(かどの)浩平著)、1位「キノの旅」(時雨沢恵一著)で、いずれもシリーズ合計200万部以上の売れ行きを記録している。ちなみに「TOKYO文庫TOWER」地下1階の「ライトノベル売り場」では、常時約6,500冊の品揃えで、1ヵ月に約1,800冊(1日60冊平均)を売り上げる。

そんなライトノベル・ファンが集まるイベントとして、4月29日に「第3回ライトノベル・フェスティバル」が日本青年館で開催される。実行委員長の勝木さんは「もともと個人的にSF関係のイベントに参加していて、『日本SF大会』も約1,000人ものファンが集まるイベントで、こうした活発なファン活動がSF小説業界を支えていると感じていた。そこで、一ファンとしてライトノベル業界を活発にするためにも、作家とファンが交流できるような場を提供したいと考え、一昨年からフェスティバルを開催し始めた」と話す。勝木さんは「ライトノベルは文学やイラスト、アニメなどの要素を盛り込んだメディアミックス作品であり、10代の若者にとって身近なメディアであるため、純文学のように敷居の高い文学を敬遠しがちな10代にとって、読書の『入り口』として親しまれているのではないか」と分析する。

また、読者である10代のなかにはライトノベル作家を目指しているという人も多く、そうした人々を意識した催しも、このフェスティバルでは行われている。例えば、ライトノベルでは重要な役割を担っているイラスト。そのイラストを会場でプロジェクターを用いて投影する。そしてゲスト作家2~3人に、そのイラストから推理してストーリーを構成してもらうといったコーナーが人気を呼んでいるそうだ。作家志望の参加者達にとって、プロ作家によるストーリー構成は大いに参考になるのだろう。

電撃文庫 ライトノベルフェスティバル

ライトノベルという名称の由来は「軽めの文体で書かれた小説」「手軽に読める小説」という意味に由来するという説もある。こうした「軽い小説」といったイメージを持たれるため、業界人の中で、現在も「ヤングアダルト」の呼称を使う人も多いそうだ。しかし、このジャンル出身の文学賞受賞作家が近年増えているという事実を知ると、なかなか侮れないニュー文学だということもわかる。たとえば山本文緒さんは、1987年に「プレミアム・プールの日々」という作品でコバルト・ノベル大賞、佳作受賞でデビュー。その後、92年に少女小説から一般文芸に移行し、99年「恋愛中毒」で第20回吉川英治文学新人賞、2001年「プラナリア」で第124回直木賞を受賞した作家だ。そのほか、村山由香さん(直木賞作家)、冲方丁さん(日本SF大賞受賞)、岩井志麻子さん(日本ホラー大賞受賞)など、ライトノベルからデビューした作家は少なくない。 10代の必携ツールとも言えるインターネットや携帯電話は、デジタルライクなテキストで「書き込み」や「削除」がいつでもできる。一方で、こうしたツールと異なり、一度世に出したら「書き換えできない」書物という「デバイス」に、逆に新鮮味を感じているようだ。10代文学人気の予兆は、もしかするとデジタル全盛の裏返しなのかもしれない。純文学への橋渡し役としても、10代を中心に盛り上がりを見せているライトノベル市場の拡大は、文学復権の鍵となるのだろうか。

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