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代替メニューで勢力図は塗り代わるか?
激戦区・渋谷から「牛丼」が消える日

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■大手チェーン16店舗の牛丼店がひしめき合う激戦区

渋谷駅周辺は16店舗の大手チェーン牛丼店がひしめき合う激戦区だ。最も多いのは「松屋」で6店舗、次いで「吉野家」4店舗、「すき家」(3店舗)、「神戸らんぷ亭」(2店舗)、「なか卯」(1店舗)の順。センター街、道玄坂、宮益坂方面とJRAの場外馬券場などのある並木橋方面への出店が集中している。「吉野家」の1日当たりの平均客数は平均800人、他のチェーン店が概ね200~300人で、これを各チェーンに当てはめて考えると、1日当たり全店で約6,000人以上が利用している計算になる。この中で最初に牛丼の姿が消えたのは「なか卯」、2月2日のことだった。吉野家が販売を休止した2月11日以降も牛丼が食べられるのは「松屋」と「神戸らんぷ亭」の合わせて8軒。その「松屋」では当初2月15日を「Xデー」と発表したが、駆け込み需要の高まりから牛肉の在庫が底を突き、12日の深夜店舗宛配送分が店頭でなくなり次第販売を休止すると、「Xデー」の時期を早めた。

なか卯 松屋フーズ

牛丼における吉野家の「ひとり勝ち」の構図には長い歴史がある。吉野家の創業は明治32年にさかのぼる。日本橋の魚河岸の中に大阪・吉野町出身の松田栄吉が店開きしたため、出身地を名乗って「吉野家」と呼ばれたことに始まる。限られた時間で仕事をしていた魚河岸の人々にも受け容れられたが関東大震災で同店は消失、その後、魚河岸と共に築地に移転した。現在の「築地店」がまさにそれで、吉野家ファンの間ではこの店が「聖地」とされている。創業者の息子、松田瑞穂が跡を継ぎ、昭和33年に資本金100万円で株式会社吉野家を設立、日本の高度成長期を背景にしながら「早い、安い、うまい」をモットーに、その業容を拡大していった。その後、急速な出店拡大政策が裏目に出て、昭和55年、事実上の倒産に追い込まれながら、その後、会社更生法のもとで奇跡の再起を果たし、平成2年に株式店頭公開、平成12年には東証1部への上場を果たした。 ※参考文献「吉野家!」(山中伊知郎・著、廣済堂出版)

吉野家の強みは何と言っても単品メニュー。単品だから60秒のクイックサービスが可能になる。徹底したシステム化と効率化で、全国一律の味とサービスを確立し、280円という低単価で業界をリードしてきた。まさに「早い、安い、うまい」を徹底して磨き上げた歴史こそが、吉野家のノウハウでもあった。長い歴史を持つ吉野家では、他のチェーン店と異なり、来店客も独自の「文化」を持っているのも特徴だ。頻繁に食べる単品メニュー故に、注文時や食べ方に様々なバリエーションを生んできた。平成8年頃、華原朋美が多くのテレビ番組などで語った「吉牛のつゆだく好き」発言は、多くの女性ファンを増やしたことで有名だが、この「つゆだく」に代表される一見、隠語めいた言葉が店内を飛び交っているのも吉野家ならではの光景。他には「つゆだくだく」「つゆ抜き」「ネギだく」など、慣れた使い方が常連客の多さを表している。

吉野家ディー・アンド・シー
松屋 すき家 神戸らんぷ亭 なか卯 吉野家 吉野家:牛丼並盛

■牛丼ファンも初めて体験した「牛丼最後の日」

牛丼ファンが運営するサイトも少なくない。「21世紀の牛丼」もそのひとつ。主宰するのは映画批評家の服部弘一郎さん。服部さんは、仕事柄、映画の試写などを渡り歩くことが多く、上映の合間を縫って短時間で食事を済ませる必要性もあり、牛丼のヘビーユーザーだった。ある日、「一体、1年間にどれくらいの牛丼を食べるのだろうか?」いう素朴な疑問が頭をよぎったことが、サイト開設のきっかけ。2001年1月9日の開設以来、「いつ」「どこで」「いくらで」食べたかをすべてサイト上に明細を記録していった。現在まで一件の漏れもない。結果、2月11日の吉野家のラスト牛丼までに延べ食べた牛丼の合計は265杯、合計金額は73,486円で、年間の平均は88杯、24,495円という計算になる。ありそうでないユニークな記録だ。

服部さんは牛丼の魅力について「注文して30秒以内で出てくる食べ物は牛丼か立ち食い蕎麦以外にない。1日3回食べた日もあるが、牛丼の基本は、ご飯と醤油、紅ショウガ、七味といった日本の食材のため、意外に飽きない」と話す。多くの店に通う服部さんは、店毎の違いについても詳しい。「同じチェーンの中でも、店によって味に違いがある。例えば人気のない店は汁が煮詰まっていたり、ねぎがぐったりしていることもある。やはり回転のいい店の方が、味が安定していると思う」。気になる代替メニューについては「あくまでも時間が大事なので、牛丼並の時間で出てくれば今後も通う可能性は高い」と、あくまでもクイックメニューへのこだわりを見せる。

吉野家の牛丼「Xデー」の服部さんは、朝、自宅近くの「八丁堀店」で1食目の牛丼を済ませ、その後渋谷に移動して、「渋谷109前」店で、カウンターの回りを取り囲むように行列ができ、最後尾が店外へ伸びている中、「最後の」牛丼を口にした。時刻は午前11時30分。この後、間もなく同店の牛丼販売は終了した。最後の一杯について「半年位食べられないと思うと寂しさがあったが、いつも通りの味だった」と、最後の味わいをかみしめていた。

21世紀の牛丼
吉野家 牛丼休止

■各社一斉に競争激化!ポスト牛丼戦争の行方

牛丼に代わって、各社は一斉に代替メニューを投入している。他のチェーン店に先じて牛丼の販売を打ち切ったなか卯は2月2日、「豚どんぶり」を400円で投入、さらに2月5日に牛丼を打ち切った「すき家」(ゼンショー)は、「豚丼」(とんどん)を「牛丼」と同じ280円の低価格でメニュー化し、さらに「キムチ豚丼」「ハーフチーズ豚丼」「ニンニク豚丼」「山菜しめじ豚丼」(各360円)など豊富なバリエーションとセットメニューを揃えてポスト牛丼戦争に挑む。「センター街店」でも女子高校生などに人気のあったマヨネーズのトッピング(50円)は残されるため、今後は「マヨネーズがけ」の豚丼を食べる姿も見受けられそうだ。

すき家(ゼンショー)
すき家:豚丼

メニューの豊富さではこれを追いかける形の吉野家も、新メニューを投入した。吉野家の主力新メニューは「カレー丼」(350円)、「マーボー丼」(380円)、「豚キムチ丼」「いくら鮭丼」「焼鶏丼」(各450円)の5アイテム。吉野家は国内店舗数が986店とチェーン規模が大きいため、全店消費量をまかなう食材の調達がままならない。そこで、全店分調達可能な「カレー丼」と「豚キムチ丼」をマストアイテムにし、店ごとに異なるもう1アイテムを加えた3アイテム構成となっている。山手線のガード下にある「JR渋谷駅店」は特殊構造のため、メニューは「カレー丼」のみの単品構成だが、渋谷109前店、渋谷文化村通り店では「カレー丼」「マーボー丼」「豚キムチ丼」、また道玄坂店では「カレー丼」「豚キムチ丼」「いくら鮭丼」の組み合わせのため、渋谷駅周辺では「焼鶏丼」を食べることができない。この他にも、実験的に出している「レアメニュー」も存在する。例えば「親子丼」。全国で30店舗だけで提供されており、そのうちの1店が「初台店」で、東京都下でも3店舗だけの限定メニューだ。

こうした新メニューの動向を探るため「渋谷109店」で、いわゆる「出口調査」を行った。結果は(1)マーボー丼(7人=41%)、(2)豚キムチ丼(6人=35%)、(3)カレー丼(4人=24%)というもの。食べた感想を尋ねると「カレー丼は意外に肉が多くて満足」(29歳男性)、「豚キムチ丼ならまた食べる」(27歳男性)と概ね好評ながら、「コストパフォーマンスがよくない」(27歳男性)、「牛丼に懐かしさを感じる」(23歳男性)と、厳しい見方もまだ残る。全体的には牛丼無き後の「新メニューを一通り試してみてから今後の利用態度を決める」といったムードが漂っている。

吉野家は従来、単品メニューに対応する仕様となっており、メニューの多様化には厨房の改善が必要になるため、他チェーンより時間がかかる。吉野家広報・IR担当の吉村さんは「今回は、牛丼以外の商品に磨きをかけるいいチャンスになる」と、危機感の漂うこの時期をバネに、今後のメリットに生かしたい構えだ。新しい主力メニューも、当初は従来の牛丼より高めの価格設定だが、消費量の高まりと共にコストを抑える努力を続け、「この先プライスダウンも十分にあり得る」(吉村さん)と言う。早くも「マーボー丼」は、2月8日から20円値下げしたほか、「カレー丼」も従来のサイズを「中盛」とし、「並盛」(350円)を登場させている。牛丼が店頭に戻るまでの間、吉野家のメニュー開発の動向に注目が集まる。

一方、渋谷駅近くに2店舗(渋谷店、渋谷並木橋店)、恵比寿に1店舗を展開する神戸らんぷ亭は、米国産牛の在庫に最も余裕があるため、3月下旬頃まで現行価格(280円)で牛丼を提供できる。松屋での販売終了後は、大手チェーンの中で唯一の牛丼メニューとなる。神戸ランプ亭では、恵比寿店2階にある研修センターなどを使って、新しい牛丼メニューを開発中だ。オーストラリア産や国内産の牛肉を確保し、牛丼の継続販売を目指すのが同店の戦略。同社営業部の山崎さんは、その背景について「他社はチェーン規模が大きすぎて、必要な牛肉を全量確保するのが困難なため撤退を余儀なくされるが、うち(神戸らんぷ亭)は43店舗と小振りであるため、牛肉の確保に目途がつけば継続は十分に可能」と、逆に牛丼を残す戦略で他チェーンとの差別化を図る見通しだ。

神戸らんぷ亭

街から消えた牛丼、残る牛丼・・・そして、牛丼に代わって続々と登場する豚丼メニューの数々、「新国民食」とも言われるほど、日常に溶け込んでいた牛丼の巨大マーケットを巡り、しばらくは混戦模様が続きそうだ。渋谷の街にも色濃く溶け込んでいる大手チェーン店の勢力図は、今後、どのように塗り代わるのだろうか。

吉野家:カレー丼 吉野家:豚キムチ丼
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