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渋谷の博物館で「1964年オリンピックの料理人」展 選手村内の貴重な写真も

企画展「オリンピックの料理人の見た東京大会1964」の展示風景

企画展「オリンピックの料理人の見た東京大会1964」の展示風景

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 東京オリンピック・パラリンピック開催に合わせて、白根記念渋谷区郷土博物館・文学館(渋谷区東4)で現在、企画展「オリンピックの料理人の見た東京大会1964」が開催されている。

料理人・鈴木さんが撮影した各国選手たち

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 1964(昭和34)年大会では「選手村(現・代々木公園)」をはじめ、ウエイトリフティング(旧渋谷公会堂)や競泳(代々木第一体育館)、バスケットボール(代々木第二体育館)、体操(東京体育館)などの競技会場が造られ、渋谷は五輪の中心的な地域として大きなにぎわいを見せた。同時に渋谷にとっては、五輪開催に伴い米軍住宅「ワシントンハイツ」返還という難題も解決し、他の地域以上に特別な意味を持つ大会だった。

 同展では、現在の代々木公園周辺に広がっていた「選手村」に焦点を絞り、選手村食堂で提供された当時のオリンピック・メニューやリラックスした選手たちの姿を捉えた写真、貴重な資料などを展示。選手村は一般の立ち入りが禁止されていたため、敷地内施設の様子や大会期間中に選手たちがどう過ごしたかなどはほとんど知られていない。今回会場に展示されている資料の多くは、当時選手村の食堂で料理人を務めていた鈴木勇さんが、仕事の合間に個人的に撮影した各国選手の写真や料理に関する記録ノートを基に構成。同展開催に向け、昨年まで横浜・洋光台で洋食店を長年営んでいた鈴木さん(81)に聞き取りを行い、今までほとんど知られていなかった1964年大会の選手村内の様子が明らかとなった。

 代々木選手村の敷地面積は72万5000平方メートル。宿泊施設のほか、銀行や郵便局、インフォメーション、クラブ、劇場、プール、ショッピングセンター、理髪店、クリーニング店などを完備する大きさ。会場には選手村のマップや各施設の配置図、写真などが掲出されている。企画を担当した同館学芸員の松井圭太さんは「プールや劇場などもあり、とても広かった。選手に自転車を貸し出し、村内を自由に移動してもらっていた」という。

 選手村食堂はアジア選手向けの料理を提供する「富士食堂」、欧米選手向けの「桜食堂」、女子専用の「女子食堂」の3つ。そのうち、富士食堂と桜食堂は建築家・菊竹清訓さんが設計し、その全体像が分かる貴重な模型も展示している。

 「日本で西洋料理を作るのは無理」という世界からの不安を解消するため、帝国ホテルの村上信夫総料理長ら日本を代表する西洋料理人が集まり、各国料理の研究を重ねてレシピ本「オリンピック・メニュー」を完成。「ただ、参加国94カ国、参加者7000人の朝・昼・晩の食事を賄うには肉120トン、野菜356トン、魚46トンが必要で、それだけの量の食材を一度に確保すると日本人の一般家庭にも影響を与えてしまうため、食材調達が大きな問題となった」(松井さん)といい、その解決策としてそれまで料理界では非常識とされた「冷凍食材」を初めて活用。「五輪に向け、試行錯誤を繰り返した冷凍技術が、今日の冷凍食品の発展にもつながった」という。

 村上料理長の下で働いていた鈴木さんが、勉強のため毎日の提供メニューやレシピを記録していた「一冊のノート」も展示。このノートから、開会式当日に食堂で振る舞われたディナーが、帝国ホテルの人気料理「シャリアピンステーキ」であったことが判明。歯を痛めていたロシアの声楽家フョードル・シャリアピンさんが来日した時に、「柔らかい肉料理を」と帝国ホテルが考案したのが同料理。その複雑な料理法は門外不出の秘伝で、全国から多くの料理人が集まる選手村で提供すべき料理ではなかったが、「開会式当日の特別な『おもてなし』として、村上料理長も気合が入っていたのだろう」と振り返る。

 会場には「選手村グラフ」として、鈴木さんが仕事の合間に撮影した各国選手や、食堂、選手村内の雰囲気が伝わる写真を数多く展示。当時高価だったカメラを買い求めて入村した鈴木さんは、料理・給仕スタッフに配布された「食堂サービス手帖」に記載されていた6カ国語の日常会話を見ながら、外国人選手に片言で話し掛けて撮影したという。競技中の真剣なまなざしとは異なり、リラックスした選手たちの笑顔や表情が目立つ。「当時24歳だった鈴木さんだが、海外の人からすれば、おそらく子どもに見えたのかもしれない。みんな自然でいい表情をしていて、快く撮影に応じているのがよく分かる」と松井さん。

 併せて、渋谷区在住で、水泳競技、男子800メートルリレーで銅メダルを取った岩崎邦宏さんの所蔵資料も展示。銅メダルや外国人と交換して得たピンバッジ、実際に競技で使用した水泳パンツ、開会式使用の赤いジャケットなど、57年前の東京大会を知る貴重な資料を数多く公開している。

 「今回の東京オリンピックは、コロナ禍で選手村内でも選手間の交流などはなかなかできないと思うが、前回大会の写真を改めて見ると、人種や国の壁なく選手みんなが楽しそうに交流している。今回の展示を通じ、本来あるべきオリンピックの良さがきっと分かるのでは」と来館を呼び掛ける。

 開館時間は11時~17時(入館は16時30分まで)。月曜休館。入館料は一般100円。10月10日まで。

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