特集

若者を狙う大型仏壇店の勝算は?
渋谷メモリアル・マーケット事情

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■伝統的メモリアル・ウィーク=“お彼岸”とは?

春秋のお彼岸は、春分の日、秋分の日と呼ばれている中日を挟んで、前後3日間。彼岸の「入り」から彼岸の「明け」まで7日間に渡って、お墓参りやお仏壇・仏具の掃除など、仏事をとり行う。彼岸が春秋の特定の時期に定められたのは、春分と秋分が昼夜に長さが等しくなる中道のときであり、仏教も中道を尊ぶことに由来しているとされている。

仏教では、人々が欲や煩悩から開放された「仏の世界」を“彼岸”と呼ぶ。「迷いの世界」であるこの世=比岸(中国語では娑婆)から、「仏の世界」である“彼岸”に至るという意味で、他界することを「彼岸に渡る」と表現する。彼岸には、先祖に自分がここにあることを感謝し、先祖を供養すると同時に自身が仏道に精進するという意義があるが、今日では宗派にかかわらず「メモリアル・ウィーク」として認知されている。

3月27日は、全日本宗教用具協同組合が制定した「仏壇の日」。「日本書紀」第29巻に、天武天皇が「白鳳14年(西暦686年)3月27日、諸國(くにくに)の家毎に佛舎を作り、即ち佛像と經(きょう=お経、写経、経文の意)とを置きて礼拝供養せよ」との勅令を出したと記されており、それが施行されたことで以来仏壇を拝むようななったことにちなみ、3月27日を「仏壇の日」に制定したという。当時の貴族が競ってつくった持仏堂が仏壇の原型といわれ、今日の仏壇へと発展した。

全日本宗教用具協同組合

お彼岸につきものといえば「おはぎ」。一般的には、仏壇を美しく整え、花や水を添え、季節の初物や故人の好物を供え、仏壇に線香や灯明をあげてお参りする。「おはぎ」の起源・由来は諸説ある。春の彼岸に食べるのが「ぼたもち」、秋の彼岸に食べるのが「おはぎ」と区別する地方もある。「ぼたもち」は春の彼岸に仏壇に供える団子が、この時期に咲く黒いぼたんの花に似ていることから命名されたという説もある。「おはぎ」は粒あんを用いていた昔、萩の花が群がっている様子に似ていることから名付けられたという。江戸時代にはお彼岸に「おはぎ」「ぼたもち」を近隣に配る習慣があり、その名残として今日でも彼岸に「おはぎ」「ぼたもち」が販売されている。

東急フードショーにも出店している創作和菓子「ふるや古賀音庵」(幡ヶ谷)では、お彼岸の時期のみ「ぼたんもち」(1ケ180円)を販売している。同店では「おはぎ」でなく、「ぼたんもち」の呼称で親しまれており、毎年完売している。

ふるや古賀音庵/TEL 03-3378-3003

■現代人の多様化する価値観に応えるマーケット

霊園・墓地・お墓・永代供養墓・墓石・石材店・仏壇仏具・葬儀・斎場・葬儀社・宗教など、仏事に関する総合メモリアル情報誌「仏事ガイド」(六月書房/本社・高田馬場)編集長の林さんによると、「地方はしきたりや慣習を重んじるが、東京ではその傾向は薄く、仏壇もリビングに合ったオリジナルのものに移行している上、お墓の捉え方も変化している」と話す。林さんによれば、墓所や墓石の知識を持たない者が家族の不幸に見舞われた際に、宗派の違いなど無関係に業者主導で事が進められるケースがあるという。「墓石も洋式の墓が増え、オリジナリティを出す時代。親の死を意識するようなある程度の年齢になれば、自然に気になるものだが、仏事やお墓の基礎知識は必要」と説く。春、夏、秋の年3回発刊する「仏事ガイド」の読者は40代以上。

仏事ガイド

昨年オープンした「セルリアンタワー東急ホテル」(桜丘)では、ホテル葬は行っていないが、「お別れ会」「しのぶ会」の要望には応えている。広報の塚原さんは「ご焼香の規制などがあり、当ホテルで葬儀は実施できないが、“しのぶ会”など需要はあるので、ご焼香など火をつかわないセレモニーはお受けしている」と話す。前出の「仏事ガイド」編集長の林さんも「消防法によってご焼香やロウソクを灯すことのできないホテルも多く、親族だけの密葬で葬儀を終えた後、ホテルでセレモニーを開く傾向がある」と語るように、保守的な土壌が強かった仏事マーケットや葬儀のスタイルにも変化が起きている。家族だけで故人との別れを行う「家族葬」の後、友人や仕事仲間などが集まり行われる「お別れ会」「追悼の会」が増えてきた背景には、故人が培ってきた社会的なつながりを大事にする傾向が高まっていると言えそうだ。

少子化による婚礼ニーズの減少や、景気低迷による企業の宴会ニーズの縮小などを背景に、新たな宴会需要を掘り起こしたいと考えるホテル側と、利便性の高いホテルで「宗教色を薄めたい」「線香臭くしたくない」など利用者側のニーズが合致して、今後、こうした需要への取り組みがますます拡大しそうだ。

仏事ガイドイメージ

■多様化・IT化で市場を拡大する“ペット供養”

メモリアル・マーケットは「ペット供養」にも表れている。渋谷には“ペット供養の起源”と呼ばれる「忠犬ハチ公祭り」が毎年4月に開かれる。主催は忠犬ハチ公銅像維持会で、JR渋谷駅長や渋谷区長など、ゆかりの人々が集まってハチ公の慰霊祭を行っている。実行委員長はJR渋谷駅長。今年は4月8日(月)午後1時から開催。ハチ公は、秋田県大館市の生まれ。秋田犬の名を高からしめたハチ公は、飼い主の上野博士とともに青山墓地に眠っている。

1988年、初の都市型「ペット霊園」として誕生したのが六本木のペットメモリアル「セントスプリングス」。ペットの引き取りから火葬、葬儀、その後の供養まで人間と同様のサービスを行っている。ペットが永眠した場合、同社のスタッフが専用車で自宅まで迎え、自宅で納棺、花と遺品で化粧を整え、葬儀場まで家族と遺体を運び、家族の立会いのもと火葬、納骨供養式を行い、ペットの遺骨は納骨堂に納められる。葬儀・火葬料金はペットの重さと合同葬、個別葬、立会葬によって異なり、10,000円~52,000円。納骨堂の利用料金は個室のタイプによって異なり、使用料30,000~48,000円、年間管理費5,000~15,000円。納骨特別供養料金10,000円~30,000円。

セントスプリングス

「ペット供養」のスタイルも多様化している。代々木にあるペットオフィスが管理・運営するペット関連オンラインマガジン「ペット大好き!」の中には「ヴァーチャルペット霊園 思い出の丘」が開かれ、多くのユーザーに利用されている。同社の高瀬さんは「ペットを亡くして悲しんでいる利用者がいたことと、スタッフの中からも企画が上がり、サイトの中にヴァーチャル霊園を立ち上げ」と話す。「ヴァーチャルペット霊園 思い出の丘」は無宗派の公園墓地(入園無料)。同社が運営する会員組織“ペットJAF(ジャフ)”の会員向けサービスの一環として作られたものだが、霊園見取り図をもとに自由に散策ができ、お墓参りや献花(無料)もできる。ペットのポートレート、飼い主の墓碑銘を見て、施主にメールを送ることもできる。高瀬さんは「ヴァーチャル霊園は、いつでも見ることができるのが利点。見ず知らずの方でもお花を手向けてくれるなど反応も大きく、お墓を建てるために会員になられる方もいる」と説明する。“ペットJAF”の入会は同サイトにて受け付けている。

一方、同サイトには「ペットロス・カウンセリング・センター」も設けられ、「ペットロス・カウセリング」の紹介も行っている。「ペットロス」とは、日本語に直訳すれば「愛玩動物の喪失」。つまりペットとして飼っていた動物を失う体験の総称である。高瀬さんは「日本ではペットロス専門のカウンセラーが少ないので、サイトでも紹介することを考えた。ペットを失った悲しみを理解できないカウセラーが多い中、ペットロスのケアの問題に取り組んでいる先生はとても貴重。ホットラインを設けてカウセリング希望者に利用できるようにしている」と説明する。

ペット大好き!

■仏壇の老舗が語る仏壇マーケットの変遷

寛政年間創業。1948年に新宿から道玄坂に移転した以降、渋谷で長い歴史を刻んできた老舗仏壇店「弥勒堂(みろくどう)」の代表、宮尾さんは「東京は植民地みたいなもので、東京に出てくるのは次男、三男が多く、よって仏壇は田舎にあるケースが多かった。しかし、東京で結婚し、家庭を持つことで“本家”となり、初めて仏壇を意識するようになる」と、東京の典型的なユーザーを説明する。

宮尾さんは、消費者が仏壇を求める動機・きっかけを次のように分類する。

  1. 新築・改築にともなう買い替え需要
  2. 祖母や両親など近親者を亡くしたことで仏壇や位牌が必要になる
  3. ある程度の年齢に達した者は自身の死後を考えるようになる

しかし、無宗教者が増加し、かつ東京の住宅事情では、部屋に仏壇を設置することは容易ではない。宮尾さんは「仏間はもともとは仏壇のある部屋のことだが、今日では専用の部屋を確保することができないので、仏間は仏壇のあるスペースへと変わっていった」と語る。住宅事情に則して、タンスの上や洋間の空きスペースに設置する仏壇の需要が生まれたのである。「仏壇といえどもインテリアの一部。生活様式に合わせて変わり、ニーズに沿ったものを提供するために現代仏壇が生まれた」(宮尾さん)。“現代仏壇”とは同社が販売する、フローリングの床にマッチする洋風スタイルの仏壇のこと。現代仏壇が売れ始めたのは10年前からである。ブランドがなかった仏壇にひとつのブランドが生まれ、定着させてきた。同店では200万円台、100万円台の仏壇をはじめ、リビングルームにふさわしい、コンパクトタイプのシリーズの中にはイタリア製仏壇(45万円、55万円)も取り揃えている。また、釘を使わない本体構造をローコストで実現したシリーズ49,800円などライフスタイルや予算に応じた仏壇が揃っている。しかし、以前話題を集めた、音声を発したり、自動的にライトが灯ったりする“ハイテク仏壇”の需要は意外に伸び悩み、今日では販売していない。「今日の仏壇は、仏教に対する宗教心から離れてもいいと考えている。仏壇は自分が生きている証を認める時、先祖や両親に対する感謝の気持ちが自然に喚起されるような道具であればいい。家族が生活の核だから、いがみ合っていては、幸せは生まれない。一緒に仏壇にお参りすることで絆を再確認できる」と、宮尾さんは家族の絆の大切さを説く。

同社の顧客は店舗のある渋谷でなく、目黒・世田谷などベッドタウンの顧客が多いという。また、扱う商品から若者を意識せずに営業を続けてきたが、数年前から“珠数プレス”が売れ続けていることで、新たに30~40代の男性客が増えたという。「男性には身につけるアクセサリーが少ないので、お守り+アクサセリーとして珠数ブレスは今でもコンスタントに売れている」と、宮尾さん。珠数ブレスは、珠の種類を豊富に揃え、パワーを秘めた天然石を使用しているという。雑貨店やバラエティーショップなどで扱う珠数タイプのブレスレットとは異なり、価格帯も5,000~30,000円と本格派。客の棲み分けがきっちりできているようだ。

弥勒堂
彌勒堂イメージ 彌勒堂イメージ 彌勒堂イメージ

■仏壇専門店最大手が渋谷へ進出

普段の生活にはあまりなじみのない仏壇や仏具だが、香や灯りなど親しみやすい雑貨に形を変えて将来のユーザーである若者にアピールしようとするショップが2001年12月、渋谷・道玄坂の大型パソコン専門店跡にオープンした。仏壇専門店最大手のはせがわ(本社/福岡市)の「はせがわ渋谷道玄坂店」。エントランスに彫刻家・籔内佐斗司(やぶうちさとし)作のブロンズ像「道玄坂縁結び童子」が鎮座し、無料の縁結びおみくじを設置するなど、仏壇店の様相を排した佇まい。1階は国産・インポートのお香(300 ~1,000円)、花柄キャンドル(120 ~1,000円)、デザイナーズ珠数(10,000~30,000円)、油取り紙(380円)、ヒーリング関連CDなど、雑貨を中心とした商品が並び、若者を強く意識した売場になっている。中でも人気は誕生石を組み合わせて作るオリジナル腕輪珠数(3,000円)。カラフルな色や素材の中から一粒ずつ選んで組み合わせるもので、自分の好みで選べるところがポイント。一方、職人の手で作られた花柄のロウソクは外国人客がプレゼントとして購入するケースが多いという。同店の売れ筋グッズベスト3は、1位=オリジナル腕輪珠数、2位=アロマ系お香、3位=絵柄ロウソク。

店長の柴田さんは「若者をターゲットとした都心型の店舗として、ストレートに仏壇を勧めるのでなく、供養の本質である感謝の気持ちや敬う心を養ってもらえるよう、わかりやすいものに形を変えて提案するショップを試みた」と説明する。それは仏壇というハードの販売でなく、その背景にあるソフトの提案でもある。仏の供養に必要な3つのアイテム、香、灯り、花。香やアロマ、キャンドルは、ヒーリンググッズの定番ともなっている。「方法論はいろいろあるが、若者にターゲットを変えてみるのもアプローチのひとつ」(柴田さん)と言うように、同店ではオリジナルの珠数や鮮やかなロウソクなどは本人が使用するのはもとより、ギフトアイテムとしても購入されることが多い。

興味深いのは、若者の目に「非日常」である仏壇や仏具が、新鮮に映っている店。柴田さんによると、仏壇を展示している3階を訪れる若者の中には仏壇を見て「カッコイイ」とつぶやく姿もあるそうだ。「外国人が日本の神社・仏閣を見ているイメージと一緒」(柴田さん)。一方、同店でも仏壇は現代の住居空間に合わせた新型仏壇を提案している。シンプルな家具調仏壇が多く、サイズも大小取り揃えてある。柴田さんは仏壇をインテリアとして捉えた場合「フローリングの部屋に和のものを置くと空気が締まる」と説明する。

はせがわ
はせがわイメージ はせがわイメージ はせがわイメージ はせがわイメージ

仏壇・仏事は若者と直接リンクしないマーケットであるが、将来のユーザーであることは間違いない。少子化が進む今日、和雑貨を手がかりにして、若者にアプローチを試みるマーケティングに注目が集まる。和雑貨人気の背景には「癒し」や「ヒーリング」効果が挙げられ、触覚・視覚・聴覚・嗅覚・味覚などの五感をくすぐる雑貨に形を変えた「癒し」マーケットはますます拡大している。はせがわのグッズ展開を通じて、いわゆる“編集”感覚が優れている現代の若者が“パーツ”として注目し始めた。和雑貨を入り口とするはせがわの新たな戦略は、果たして、未来の顧客創造に結びつけることができるのだろうか。

個性化・差別化がますます進む中、故人の個性や価値観をいかに“形”にして残していくかという観点で市場を捉えると、コラボレーションを含めて仏壇・仏具における商品開発の余地はまだまだ大きいと言えそうだ。

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