特集

渋谷のシンボルが47年の歴史に幕
サヨナラ「渋谷東急文化会館」

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■渋谷の変遷を見守り続けた巨大文化施設

1956(昭和31)年12月1日、渋谷駅東口に渋谷東急文化会館がオープンした。延床面積約30,000平米、地下1階、地上8階の巨大な容積を誇る同館には、映画館4館をはじめ、戦後初となる大型プラネタリウムや老舗特選街、結婚式場「東急ゴールデンホール」、さらに最先端スタイルを提案する「資生堂大美容室」や「東京田中千代服装学園」などが入居し、当時の「最先端」文化が集積するトレンドスポットとして注目を集めた。

現在の渋谷東急文化会館のあるエリアは戦前、東京市立渋谷小学校があった場所。1943(昭和18)年、同校の移転に伴い東京急行電鉄が敷地を譲り受け、残された木造校舎を本社の分室として使用していたが、1945(昭和20)年の空襲により全焼。戦後、この場所にバラックの「渋谷第一マーケット」が開設され、戦災復興事業の一環として都が画策した明治通りの拡張に伴い、敷地の増減を経て現在の敷地が確定した。当時、明治通りをまたぐ歩道橋は、公道上を民間企業が利用する初のケースとしてたびたび議論を醸し出した。

以下はオープン後1年のフロア構成
8F 大社婚儀殿/東急ゴールデンホール/五島プラネタリウム
7F 東急ゴールデンホール
6F 東急名画座(現・渋谷東急2)
5F 渋谷東急
4F 東京田中千代服装学園
3F 文化理髪室/資生堂大美容室
2F 文化特選街
1F パンテオン/東急不動産渋谷営業所/文化三共薬局
B1 東急ジャーナル(現・渋谷東急3)/文化地下食堂

同館の目玉施設だった「五島プラネタリウム」は、翌1957(昭和32)年4月に営業を開始した。当時としては画期的な9,000個もの星を球体に投射し、数千年、数万年に及ぶ過去から、未来の空までを投影することを可能にした。開業年はちょうど旧ソ連の無人人工衛星「スプートニク1号」の宇宙空間への旅立ちと重なり、「宇宙ブーム」が沸き起こっていた。そのため修学旅行生などを含め年間の入場者数は当時、他のプラネタリウム入場者数の3倍以上に相当する40~50万人に達し、同会館の1階まで行列ができる日が連日続いたという。

渋谷東急文化会館 渋谷東急文化会館 渋谷東急文化会館

プラネタリウムと並ぶ目玉でもある4つの映画館はロードショー館としては渋谷で最も古い歴史を持つ。中でも最大規模を誇る「パンテオン」は全1,119席で、収容力は新宿の「ミラノ座」に次ぐ日本第2位の規模。ちなみに同館4館の歴代動員数のベスト3は、1位=「E.T.」(1983年)、2位=「フラッシュダンス」(1984年)、3位=「大脱走」(1963年)だった。「パンテオン」では13日に過去18年間開催された「東京ファンタスティック映画祭」がカムバック。応援ゲストのトークや話題作の上映が予定されている。最終日となる30日は招待客を対象に、スクリーンの臨場感を最も堪能できる「70mmプリント」で名作「サウンド・オブ・ミュージック」の上映を行い、同館の歴史にピリオドを打つ。開場は18時、開映は18時30分を予定。また21日~30日は「渋谷東急2」が「東急名画座」となって復活し、「大脱走」「イージー・ライダー」「E.T.特別版」などの名作17本が800円均一(当日料金のみ)で上映される。

映画館4館の閉館に伴い、7月1日から渋谷東映プラザ内の「渋谷エルミタージュ」が「パンテオン系」直営映画館として「代替」運営されるほかほか、近くにある「渋谷クロスタワー」内の現「クロスタワーホール」を改装し、7月中旬から常設館として「渋谷東急」が営業を再開することが決まっている。

4つの映画館 パンテオン

■ミスターが通い詰めた有名理髪店は北千束へ移転

館内にある店は総じて歴史も古く、営業方針、形態を頑なに堅持しながら、同館と共に変わりゆく渋谷の街を見守ってきた。3階にある「文化理髪室」は、同館のオープンと同時に開業し、現在は4人の理容師が勤める。顧客のほとんどは「お得意さん」の年配者が占め、遠方からわざわざカットのためだけに訪れる客も少なくないという。同館の閉館に伴い、店舗は東急大井町線「北千束」駅から徒歩3分の場所に移転して営業を続ける。

以前、同店にはマスコミが殺到し、一時パニック状態にまで陥ったことがあった。それは常連客に元・読売巨人軍監督、長嶋茂雄氏が名を連ねていることが発覚したことによるものだった。理容師の吉田明さんの名刺には「長嶋茂雄様担当」との肩書が刷り込まれている。長嶋氏は初来店以来、吉田さんだけが専属で担当してきたが、当の「初来店」について吉田さんは「ご本人(長嶋氏)は『ジャイアンツに入団してから』とおっしゃっているが、店の他の従業員によると『学生の頃から来ていた』と証言する」と話すが、いずれにしても常連中の常連だ。長嶋氏の来店は平均で月に10回。来店のたびにカットする訳ではなく、テレビなどの出演に向けた「ヘアメイク」でも同店を訪問する。カットの際は特別な注文もなく、吉田さんにすべてが託されている。「私は黙っていても長嶋さんの方から積極的にいろいろな話をしてくれます。ほかでは口が裂けてもいえないシークレットばかり」と吉田さん。閉館について長嶋氏は「古いから仕方がないこと」と淡々としているそうだ。

約半世紀、変わらず佇んできた同館を尻目に、周辺の渋谷の街は大きく変貌を遂げてきた。吉田さんは「とりわけセンター街に不良少年少女や犯罪者の集まる傾向が年々高まってきた。最悪の状態」と危惧感を募らせる。来月から渋谷を離れるが、渋谷には『オトナが飽きない街になってほしい』」と期待を込めている。

文化理髪室 文化理髪室

渋谷で業界関係者の「打ち合わせ」の定番と言えば1階の「ユーハイム」。同店のオープンは、同館開業から4年目となる1959年(昭和34年)2月1日だった。当時は神戸に本拠を構える1ブランドだった同社が初めて東京進出を果たし、全国ブランドに名乗りをあげる契機となった店でもある。同店でも「44年の感謝」を込めて、6月いっぱい「ケーキセット」(ケーキ+コーヒーまたは紅茶)を440円で提供している。

ユーハイム

■ファイナルステージを飾る数々の閉館キャンペーン

6月13日から閉館日となる30日まで、「meets(ミーツ)」と名付けられた同館の閉館キャンペーンが開催される。このキャンペーン名称には「振り返るだけでなく、新たな出会いを全館一体となって演出する」コンセプトが込められている。キャンペーンは、閉館を記念した各テナントの「キャンペーン・セール」、一昨年閉場した8階の旧・五島プラネタリウムのドームを主会場とする複合イベント「渋谷RE-CREATION展」、さらに「ル・コルビュジェの緞帳公開」などで構成されている。

同館最大の映画館「パンテオン」の緞帳は「闘牛14号」と題された西陣織で、世界的な建築家ル・コルビュジェがデザインした高さ9m50cm、幅22m80cmを誇る国内最大級を誇るもの。その「ル・コルビュジェの緞帳」が閉館を10日後に控えた6月20日、最後の「お披露目」を迎える。この緞帳はオープン以来、映画の幕間に下ろされていたが、ここ10年以上は一度も下ろされていない貴重な緞帳。当日は最終会の上映後に緞帳が下ろされ、22時30分頃から一般にも無料で公開される。ちなみに今後、この緞帳の行方は決まっていない。

主会場となる8階ドームでは、2つのプラネタリウム・レギュラープログラムが投影される。ひとつは五藤光学研究所が提供する「meets~星ノ記憶」で、星の伝達速度にスポットを当てながら、渋谷の過去・現在・未来を感じさせる映像プログラムjで、もうひとつは昨年J-WAVEがプロデュースし、話題を呼んだプログラム「Slow Life Gallery」。両プログラム共1日に2~5回の上映が予定されており、完全入れ替え制。また、スポットイベントして、旧・五島プラネタリウムの解説員・村松さんの星の解説プログラムなども予定されている。

今回のプラネタリウム投影には410万個を再現する「可搬型プラネタリウムプロジェクター」が採用されるほか、音響機材には独特な音の広がりと深みを醸す真空アンプが用いられる。さらにユーカリ、サイプレス、コパイバをブレンドした香りをドームに放散させることで「森林浴効果」を促す試みを導入するなど、「五感で感じるプラネタリウム」を前面に打ち出すのが特徴だ。

ドームを囲む通路には「REWIND2003≫1956」をテーマに、国内外で活躍する有名デザイナーらの渋谷に対するコメントやイメージを「コーテーションズ(引用文)」として散りばめ展示される。こうした「現在と未来をつなぐメッセージ」が、訪れた人々に過ぎた「時」を「リワインド(巻き戻し)」させるのが展示の意図でもある。このギャラリーの総合プロデュースは、IDEEをはじめとする企業やクリエイターたちのネットワークによる都市再生プロジェクト「R-project」が手掛け、解体前のドーム周辺空間を、同プロジェクトならではの手法で新たな空間に生まれ変わらせている。

さらにギャラリーに付帯して「ラウンジ」が設けられ、「プラネタリウム・ラウンジパーティー"STAR"」が開催される。開催日は13日(金)、14日(土)、20日(金)、21日(土)、27日(金)、28日(土)の6日間限定オープンで、各日とも22時から翌朝4時まで営業する。エントランスフィーは2ドリンク付きで3,000円。ラウンジ・プロデューサーは、都内で有名レストランを経営する若手オーナーで、木下真さん(「Bistro Bar」「OZ cafe」「dish」)、古里太志さん(「Furutoshi」「Pacific Currents」)、中村貞裕さん(「Sign」「CAMINETTO」)の3人が務める。3人をキャスティングしたのは空間プランナーの角章さん(シンクロニシティ代表)。角さんは、数多くの飲食空間や公共空間を手掛ける空間のヒットメーカーで、閉館キャンペーン「meets」全体のスーパーバイザーも務めている。「プロデューサーをお願いした3人は偶然にも皆31歳。歴史ある渋谷東急文化会館の最期を飾るイベントを敢えて若い世代に託した。各人の店舗は客層が重なっておらず、多様性のあるラウンジに期待して欲しい」と角さんは抱負を話す。

プラネタリウム・ラウンジパーティー STAR
6/13 Opening Party [プラネタリウムwith DJ]MASATOSHI UEMURA / LAVA / etc.
6/14 [プラネタリウムwith DJ]jerry / S / EGASHIRA
6/20 "LUNAR ENFANT" [プラネタリウムwith DJ]MITSURU / NAOKI NISHIDA / MIKIO ENDO / MOROKUYA / TOSHIO MATSUURA
6/21 "UP FROM THE SKIES" [プラネタリウムwith DJ]sandnorm / denno / sora / cosmosh [LIVE]aota / jarvis / yohei / muu/ AO
6/27 "r.e.s.t" [プラネタリウムwith DJ]MOTIVA / romantic isolation / etc.
6/28 SECRET PARY (guest only)
閉館キャンペーン 「パンテオン」の緞帳 meets~星ノ記憶 コーテーションズ(引用文) コーテーションズ(引用文)

同館は閉館後、惜しまれながらも解体作業に入り、2004年4月頃から、渋谷に乗り入れ予定の営団地下鉄13号線の工事ヤード(作業基地)に利用されることが決まっており、その後、2012年度には東急東横線との相互直通運転も予定されている。将来的には、現・東急東横線「渋谷駅」跡地と一体となった開発が見込まれ、渋谷駅東口「再浮上」の鍵を握る重要なエリアとなりそうだ。

渋谷東急文化会館は長年、渋谷を舞台とする東急グループの文化戦略を担う重要な拠点として機能してきた。その後、時を経て1989年(昭和63年)に登場した「Bunkamura」、2000年の「渋谷マークシティ」、そして2001年に東京急行電鉄本社跡地に登場した同グループのフラッグシップともなる「セルリアンタワー」などにその役目を譲り、同館は静かに幕を閉じようとしている。渋谷東急文化会館が渋谷に残したカルチャーは、今後、どのように受け継がれていくのだろうか。

東急レクリエーション 渋谷東急文化会館「閉館」キャンペーン「meets」
渋谷東急文化会館
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