特集

個性派店主のセレクト感で勝負する
渋谷「ブックスタイル」新事情

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■個性派書店の潮流

書店の大型化が進み、規模や品揃えが中途半端な書店はどんどん淘汰されている。一方でターゲットや品揃えを絞り込んだ個性的な書店や店舗を持たないオンライン書店が注目を集めるなど書店の二極化が進み、共存がはかられている。書店のカテゴリー化が進むことで、本の販売だけでなく、ショップのカテゴリーに沿ったその他のソフトの販売も試みられている。

「ワタリウムミュージアム」に併設されたアートショップ「オンサンデーズ」(神宮前)は現代美術の画集や雑貨などを販売、展示する都内屈指のショップ。書籍ばかりでなく、ステイショナリー、ポストカードからTシャツまで「現代アート」のくくりで様々なアイテムを取り揃えている。地下のブックコーナーは専門書が充実。同店でしか入手できない海外の専門書も多い。ギャラリーとカフェを併設する「NADiff」(神宮前)もアート本、グラフィック本が充実するショップ。同店では現代音楽を中心としたCDも販売しており、アート関連の複合ショップとして人気を集めている。

オンサンデーズ NADiff

1989年に開業した「ブッククラブ回(かい)」(南青山)は、あらゆるジャンルから独自の視点でセレクトした国内外10,000冊の書籍とワールドミュージックを主体としたCD、ヨギ・ティやアロマテラピー、香などグッズを扱う“スピリチュアル・ブックストア”。品揃えからして都内でも珍しい個性的な専門店だが、書店では稀有な会員制度を採用しているのも特徴のひとつ。“ブッククラブ”とは、もともと欧米で発展した本好きの人達が考えだした会員形式の書籍販売の仕組みを指す。「ブッククラブ回」では季刊発刊の“ニューズレター”や年間発行の総合カタログ「スピリチュアル・データブック」、Webなどで同店がセレクトした本を紹介し、オーダーを受け付けている。メンバー登録をすると、“ニューズレター”や総合カタログが届けられるほか店頭で購入の際に、一部の商品について5%のディスカウントが受けられる。また通販を利用する際の代金を手数料無しで自分の口座から自動振替するも可能。

マネージャーの河田さんは「海外を旅行していると、欧米の大きな街なら個性的な専門書店が必ずある。開業にあたって日本のマーケット、書店や出版流通の業界も調べたが、むしろ欧米の仕組みを学んで店を始めた」と話す。書籍やCD、グッズのラインナップに独自の選択眼が光っている。「セレクトは複合的に考えていて、ひとつのコンセプトで考えていない。本はもとより、CDやグッズも専門書店を目当てに来てくれる方に提供できるセレクションをしている」と、河田さんは説明する。「自分の好きな本がどうしてここにあるのだろうか、と思ったら隣の本も手に取ってもらう・・・など、仕掛けのある棚作りを目指している」。セレクトもサービスもニュートラルなスタンスに貫かれている。店内にPOPは見当たらず、押し付けがましい匂いはない。「いつでも自由にどのように解釈してもいいというようにセレクトしておきたい。本についての質問なら、可能な限り対応する姿勢でいるが店をサロン化したくない。固定観念にとらわれない新しい意味でのスピリチュアルとは何か、というクオリティを表現できればいいなと思う」(河田さん)というコンセプトがさらに独自性を高める。マーケットは絞り込まれているが、学術的な分野の人や在日外国人、出版や放送に携わるポテンシャルの高い顧客の支持を集めている。「スピュリチァルなブックストアの需要はかなり限定されているが根強くあり、顧客に満足してもらえる品揃えと情報発信を怠らずに続けている」(河田さん)。“ニューズレター”とWebサイトで発信される情報は内容が濃い。特に学術や出版、芸術分野で活躍する著名人に試みた単独インタビューは出色。

BOOK CLUB KAI

アーティストやデザイナーのための専門書店「プロジェット」は8月末に渋谷の店舗を閉め、11月23日、川崎に開業するエンタテインメント施設「シネチッタ」に移転オープンする。同店は本ばかりでなく、Tシャツや雑貨などアーティスト関連グッズの販売も積極的に行い、デザイナーを核とした特定のファンを獲得していたが、「チネチッタ川崎」の新施設グランドオープンに伴い、川崎駅前に全面移転することになった。Webでの通販は通常通り行っている。新店舗では11/23~2003年1/4、「デザインの現場」の人気連載「工場へ行こう」でお馴染みのデザイナー高橋正実氏のオープニング記念展示、高橋正実展「Happy Birthday Progetto」を実施。高橋氏の作品は、同店の大人気商品でもあるサイコロの形をした点字のカレンダー"CUBE CARENDER"や誕生星座のカードを買う人が続出の"constellation card"など、素材とアイデアの斬新さで急速に注目の存在になっている。オープニングでは「プロジェット」新店舗の店内空間すべてを使っての展示になる。

プロジェット
ブッククラブ回(かい) ブッククラブ回(かい) ブッククラブ回(かい)

■ブックカフェの潮流

カフェと本の深い結びつきも見逃せない。店内にカフェスペースを設ける書店、あるいはカフェで書籍の販売を行う“ブックカフェ”という業態は欧米では珍しくないが、日本ではまだ歴史は浅い。“カフェブーム”を牽引した渋谷には、個性的な“ブックカフェ”が店を開いている。

1995年にオープンした「cafe SEE MORE GLASS」(神宮前)は1,200冊もの絵本が並ぶ“ブックカフェ”。壁に備えられた書棚に並ぶ絵本は圧巻である。以前は絵本の販売も行っていたが、現在はポストカードのみ販売している。オーナーの坂本さんが「当初、訪れた人が店内で絵本を読めるよう少しずつ置いていたが、その後、徐々に数が増え、現在に至る。個人的な趣味の範囲」と説明する。顧客はOLや近所で働く人が多く、夕方や休日には若いカップルや女性が集い、絵本好きの人も多く通うという。坂本さんは「自分の好きなものを置いて、それで共感を得られるなら嬉しく思う。多くの人には受け入れられないかもしれないが、絵本好きの人が集まってくれれば幸い」と、あくまでも自身の趣味の延長にあることを強調する。店内では「訪れる人が来るたびに新しい何かを楽しんでくれるよう」(坂本さん)イラストや絵画、写真の展示会も開催している。

cafe SEE MORE GLASS/TEL 03-5469-9469
cafe SEE MORE GLASS cafe SEE MORE GLASS

1999年6月、神宮前にオープンした「カフェ・アンド・ブックス」は、いち早く“ブックカフェ”を実践した先駆者。店内にある写真集や絵本は一般書店では入手しにくいものばかりで、本の解説とともに定価を付け販売も行っている。本の仕入担当の田中さんは「写真集や画集、カルチャー誌など、ふだん書店では手に取らない情報を提供したい。カフェでくつろぐ時間にそれらの情報にふれるふとしたきっかけになればいい」と語る。田中さんは書店勤務の経験はなかったが、同店の開業にあたり自身が取次店に出向き、仕入まで担当することになったという。「専門知識がないので、例えばフランスの絵本とか散歩など、折々のテーマを決めてセレクトしている」と説明する。もともと同店のオーナーがロンドンに出向いた際に“ブックカフェ”を見て日本での開業を思いついたという。「販売することより見てもらうことによりシフトしている。店内が狭いのでインテリアの一部としても機能している」(田中さん)というように、壁を上手に使ったディスプレスには工夫のあとがうかがえる。展示販売している本は高価な洋書が多いので「何回も何回も同じ写真集を見ているなど本好きの人は本を見るために来店する。あとからコーヒーや紅茶がついてくる、というのもいいと思う」(田中さん)と、ブックファンの心情もくみとるサービスを心がけている。

カフェ・アンド・ブックス/TEL 03-5414-3595
カフェ・アンド・ブックス カフェ・アンド・ブックス カフェ・アンド・ブックス

2001年2月、渋谷駅に近い山手線のガード脇にある飲み屋街、通称「のんべい横丁」にオープンした古本&カフェ「Non」は、1階・2階を合わせた総床面積わずか4坪(各階2坪)の空間に、古本屋+カフェ&バーという複合コンセプトの空間が広がる人気店。共同経営者のうちの一人で、オンライン古本店「ユトレヒト」を運営する江口さんが古本を担当している。オープン当初、江口さんは「古本単体のショップでは経営的に難しいと感じていたので、カフェというプラスアルファが欲しかった」と語っていたが、並行してオンライン古本店「ユトレヒト」を開業し、11月2日、代官山の古いマンションの一室に事務所兼ショップをオープンしたばかり。ヨーロッパで買い付けてきた絵本やビジュアルブック、日本の60~70年代の名エッセイ、またディック・ブルーナをはじめとするアートなペーパーバックなど、そのセレクトで新たな本の楽しみを提案している。オープニングでは、スウェーデンの絵本やインテリア誌、雑貨などを展示・販売。「ユトレヒト」では「いま見ても新鮮な本、改めて価値があると考える本を積極的に紹介していく」(江口さん)というコンセプトに貫かれ、「なぜこの本を紹介するのか、なぜこの人に本を紹介してもらうのか。独りよがりではない独自の視点で本を選ぶことができればと思っている」というように江口さんの選択眼が品揃えに反映している。リアル店舗を設けた江口さんは「直接訪ねてきてくれる人が多く、改めてリアル店舗の良さを痛感している」と素直に語る。同店では古本だけでなく、本から始まるモノやコトにも注目し、今後は雑貨の販売も手がけていく。

Non/TEL 03-5485-3551 ユトレヒト
Non

■様々なカルチャーとリンクするブックス

近年、インテリアショップでインテリアや建築関連の専門書や写真集がよく売れている。インテリアショップのブランディングや専門知識に支えられた独自のセレクト感が顧客に支持されている。

9月15日、中目黒の高架下にオープンした「buro-stil(ビューロスタイル)」は、同じく中目黒に店舗を構えるユーズドファニチャーやインテリア関連グッズを販売する「グラフィオ」が運営するショップ。店内には60年代~70年代の国内外のインテリア雑誌、建築本、グラフィック関連本、アート本、写真集などが並び、高架下というロケーションを背景に、ショップ自体が男性の書斎や小さなオフィス、勉強部屋をイメージさせる空間となっている。中には「洋酒天国」の一連のグラフィックで名高い柳原良平のコレクションも展示販売されており、古本愛好家の触手が動くようなラインナップが展開されている。

インテリアと深い結びつきを見せるグラフィックやアート、建築関連本だが、本はインテリアの仕入ルートと異なるため充実した専門店はなく、インテリアショップでもあくまでもサブ的なアイテムであった。インテリアと書籍、両方の専門知識を持つことはいわばヒューマンパワーの成せる技。「buro-stil」は既存のインテリアショップや書店から一歩踏み込み、時代とジャンルを絞り込んだ充実したラインナップを実現している。同店マネージャーの淡野さんは「確かに大手書店やインテリアショップではインテリアやアート関連の本を置いているが、家具が製造された年代と同じ年代に発刊された本を専門に扱うことは難易度が高い」と説明する。扱うアイテムはブックストアや古本店の商品だが、「本屋というより、生活空間の中に溶け込んだ、インテリアの一環としての本を扱っている」(淡野さん)の言葉通り、コンセプトは大きく異なる。インテリアに関心の深い男性の書斎やオフィスにあるべきものとして、文具やポスターとともに建築の専門書やアート、グラフィック本が書棚に並んでいるのはごく自然の光景。

淡野さんは「家具はある程度のスペースを必要とするが、本は場所を取らないし、見る楽しみにもあふれ、また知識にもなる。何度も繰り返して本を見ているうちにインテリアのセンスが磨かれ、自分の好みのインテリアも固まっていく。そうした時に、次の段階として特定のインテリアを購入する、というスタイルも提案したい」と、利用の仕方とともに本とインテリアとの深い結びつきを示唆する。オープンして間もないが、デザイナーがまとめて本を購入するなど、淡野さんはターゲットの確かさを感じているという。「今後はモノとしての本という見方とともに本自体の良さも追求し、アート本とインテリア関連本を充実させていきたい」と抱負を語る。

ビューロスタイル/TEL 03-3793-6017
buro-stil(ビューロスタイル) buro-stil(ビューロスタイル) buro-stil(ビューロスタイル)

■人気オンライン古書店主が渋谷にリアル店舗を出店

10月25日、大幅なリニューアルを実施した「渋谷パルコ・パート1」。地下1階の「パルコブックセンター」「洋書ロゴス」「ロゴスギャラリー」もリニューアルしたばかり。その「ロゴスギャラリー」で11月13日から26日まで、「オンライン古書店主顔見せ興行」が開催される。ユニークな品揃えと店主の個性で注目を集めるオンライン書店(一部リアル店舗)8店舗がネットから飛び出し、渋谷にリアル店舗を開業。自らが「渋谷パルコ・パート1」用にセレクトした古本を展示販売し、会期中は店主自らが交代で店頭に立つ。参加店舗は前出した「ユトレヒト」(代官山)をはじめ、「杉並北尾堂」「ハートランド」「オヨヨ書林」など個性派ぞろい。企画・運営を担当する「パルコ」宣伝局コンテンツ開発担当の野辺田さんはオンライン古本店に着目した理由を次のように説明する。「ひとつは近年、若者の間にも古本に注目が集まっていること。ふたつ目にオンライン書店の流れに興味を持っていたことがある。バーチャルな世界をリアルな世界に出店したらどうなるのだろうか、という楽しみがあった」。古書店は独特の世界観を持っており、フリーで飛び込むには戸惑いもある。野辺田さんはそういった事実を踏まえて「ロゴスギャラリーで催している一連のイベントの中で、古本はおもしろいというメッセージを発信したい。わざわざ神田の古本街に出向くことのない人でもパルコなら自然に気軽に足を踏み入れてくれる」と狙いを語る。

近年、好評を博しているオンライン古本店は、Webサイトに自らの日記を綴って公開するなど、店主の個性が明確で、古書店とは異なる本業を営む店主や文筆業で名を馳せる店主もいて、いい意味で“アクの強い”面々。情報の発信はマメに行っているものの、「生身の顧客に会いたい、方向性を確認したい、リアル店舗を出店したいという願望を持った店主もいるはず」と、野辺田さんは分析する。「今日の洋書の人気は、ビジュアル本の人気。顧客にとっては最初に個性のはっきりしたセレクトショップに出向いて目利きを磨くことは効率が良い。幸い洋書やサブカル本、グラフィック関連本やデザイン関連本が充実しているフロアなので、興味のある方が立ち寄ってくれると期待している」。何があるのかわからないが、何か発見がある古本。見つける楽しみ、一期一会の出会いを演出するイベントでもある。

ロゴス・ギャラリー

インテリアとしての洋書、雑貨としてのアート本、カフェの差別化アイテムとしての本、グラフィックやインテリアのネタ本としての古本など、今日では本の利用法は多岐に渡っている。雑貨店やインテリアショップが本を扱うのに違和感はない。渋谷の個性派書店は従来の書店の幅を広げ、アートやインテリアとの関連性を明確に提示し、ジャンルを絞込み、新たな顧客を呼び込んでいる。小さなショップが大型書店との差別化を試み、専門店化を進めた結果、書店のカテゴリー化が進む一方で、他のショップのカテゴリーとのコラボレーションが進む。特定の作家の写真集や絵本に興味を抱けば、次にその作家のカードやポスターにまで興味は広がる。ブック・カルチャーはインテリアや音楽、映画などへ関心が波及するきっかけをも提供する。

問われるのは店主独自のセレクト感。いわば本と、本と関連するアイテムを編集した“セレクトショップ”が今日のブックストアの渋谷的スタイル。本を軸に据えた品揃えの中で、特定の商品に関心を抱いた消費者が次に関心を寄せるであろうアイテムやジャンルを独自の感性で先読みし、他のアイテムとつないでいく編集センスや洞察力もまた店主に求められている経営センス。渋谷のブック・カルチャーは、独自の感性とコラボレーションによりさらに磨きをかけていく。

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