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老舗立ち飲み店「富士屋本店」、40年超の歴史に幕 常連客ら名残惜しむ

閉店を惜しむように集まった客でにぎわう店内

閉店を惜しむように集まった客でにぎわう店内

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 渋谷・桜丘の老舗立ち飲み居酒屋「富士屋本店」(渋谷区桜丘町)が10月30日で閉店し、40年を超える歴史に幕を閉じた。

店の外では最後まで行列が途切れなかった

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 昭和の面影を残す店内には客が所狭しと立ち、隣り合わせた初対面同士の間にも自然に会話が生まれる――そんな人情味のある立ち飲みの「聖地」には世代を問わずファンも多く、この日は閉店前から200人近くが列を作り、最後まで行列が途切れなかった。

 17時の開店を前に、14時台には店の前に並び始めたという50代の女性会社員は多い時で週に2~3回店に通う常連。「寂しいの一言」と声を震わせ、「料理がおいしい。気を遣わない。ホッとする。嫌なことがあっても、ここで飲めばすっきりした」と店の魅力を語る。「初めて来た時に店のしきたりが分からず、隣の人が親切に教えてくれたのもいい思い出。会えたらお礼が言いたい」とも。

 桜丘で100年以上前に創業した酒販店「富士屋本店」が47年前、自社ビルの地階に開いた同店は、木製カウンターがロの字形に配された店内で、200円台から提供する小料理やホッピー、レモンサワーセットなどのメニューを注文ごとに支払う昔ながらの立ち飲みで長年、親しまれてきた。

 連日の混雑に加え、この日はさらに長蛇の列ができたことから、開店前には店の閉店を知らせる貼り紙に急きょペンで「本日、最終日のため1時間までとさせていただきます」と書き加えられる場面も。通常通り17時に店が開くと、並んでいた客は看板の前で記念写真を撮るなどしながら店に流れ込んだ。

 三軒茶屋に勤め先があるという男性会社員(50)は「前の職場が近く、上司に誘われて5~6年前に初めて来た。(店で出されるつまみは)誰にでも作れそうで作れない。飲んでいる雰囲気もあるのかな。他の店にはない味」と店で出される小料理を目当てに訪れたという。

 カットキャベツの上にハムがのった「ハムキャ別」や「ネギぬた」「ポテトサラダ」などのメニューは、「もう店に立ち始めて34年ぐらいになる」と話すおかみのヨシエさんが、「しょっちゅう変えている。飽きちゃうからね」と客目線で作る小料理の数々。この日も、しいたけの天ぷらなどの揚げ物やなすみそなどのつまみが次々にカウンターに運ばれていた。

 店内には、常連客が企画して作り完売したという「富士屋本店」とプリントされたオリジナルTシャツを着て飲む客も多く、ヨシエさんや従業員の活気ある掛け声の中、酒瓶や箸入れの下に千円札を置き、笑顔や感慨深い表情を見せながら思い思いに最後の時間をかみしめる人たちの姿が。「15年以上前に初めて来て、この店で大人になった」と話す常連客の男性や、ヨシエさんにプレゼントを渡す客の姿なども見られた。

 20時50分過ぎには、店の前に並ぶ数十人の客を残し、「すみません。もう無理です」と列を止め、営業終了の札が置かれた。「最後の一人」に選ばれた客が店に入ると、「最後のお客さんが入ります」と紹介を受け常連客らが拍手で歓迎。最後の客となった坂出さん(37)は10年以上前に初めて店に足を踏み入れたと言い、「せんべろ系の飲み屋が好きで時々来ていた」と寂しがりながらも、初めて顔を合わせる客らと意気投合し、楽しそうに飲んでいた。

 21時半前には、従業員の男性がカウンターにある箸を片付け始め「ラストオーダー終了」の合図。店で長らく見られてきた光景を前に、客からカウンターの中に向けねぎらいの拍手が送られた。

 45分ごろには退店を促す声掛けが始まる。常連客らが口をそろえて「客に対して強い応対の時もある。でもプロフェッショナル」と仕事ぶりをたたえる同店の従業員のうちの一人も「拍手よりも帰ってー」と笑顔混じりにぴしゃり。「さすが」とばかりに客から笑いも起きた。店を後にする客の中には、最後にヨシエさんにお礼を告げる人も多く、ヨシエさんは「名残惜しいけど、ありがとう。たまには思い出してください」と伝えていた。

 最後の瞬間に居合わせ、20代前半から15年以上にわたり通い続けたという30代の常連客の一人は「ここは別格。富士屋ロスになる」と憂い、「感無量」と閉店を惜しんだ。

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