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「噂」も消費するパワーゾーン
渋谷「都市伝説」はこうして生まれる?

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■「都市伝説」のカテゴリー

誤った情報が流される場合は「デマ」と呼ばれるが、知り合い関係にある人々の間を、個人的な情報が伝達される場合、それは「噂」と呼ばれる。さらに事実がどうなのか確認されないままに情報が人々の間を伝達されていくことを「流言」という。さらに、噂の領域を超えた、根拠のない流言の多くは現代の都市をモチーフにしていることから「都市伝説」と呼ばれるようになる。

こうした「都市伝説」をもとにしたテーマは、エンタテインメントの新ジャンルとして新しい領域を形成している。1980年代末~1990年初頭、「都市論」や「東京論」が注目を浴びていた頃、路上観察学界の中心メンバーとして都市考現学に携わり、異色のルポを綴ったのは作家、荒俣宏。「消滅を繰り返してきた東京。大都会から消された東京の亡霊はどこに隠れているのか」と自問自答し、東京の亡霊が隠れる東京の裂け目を求めて街に繰り出す「異都発掘」(1987年、集英社刊)、怪異の地の魂を鎮めるために関東一円を巡礼する異色のオカルト・ルポ「日本妖怪巡礼団」(1991年、集英社刊)を上梓。ベストセラー小説「帝都物語」の作者らしく、東京を縦横無尽に駆け巡り、想像力を駆使して「見えないもの」を追い求める姿勢で「都市伝説」をエンタテインメントの切り口で表現して見せた。一方、1990年代に「リング」「らせん」「ループ」の3部作を大ヒットさせた作家、鈴木光司も「都市伝説」をベースにしたエンタテインメント化で成功したひとり。特に「呪われたビデオテープの映像を観た者は1週間後に死ぬ」という恐怖の呪いや、特異なキャラクター「貞子」の創造など、「都市伝説」に欠かせないプロットや仕掛けが、「恐いもの見たさ」マーケットを誘発した。

都市を中心に噂の域を脱して伝播していく「都市伝説」には、いくつかの特徴が挙げられる。敢えてカテゴリーで分類すると下記の3点が挙げられる。(1)過去の事件、事故に由来するもの (2)場所に由来するもの (3)発祥が不確定、あるいは特定しづらいもの - これらのカテゴリーは複雑に絡み合いながらふくれあがり、公になる頃には、すでに多くの人が人づてに聞いていたり、ネットで情報を入手していたりするのもまた現代的な特徴である。

■渋谷の都市伝説

情報発信基地と言われる渋谷にも数々の「都市伝説」が存在する。

最も有名なもののひとつに、前述した(1)の「過去の事件、事故に由来するもの」と、(2)の「場所に由来するもの」が混じったケースの一例として伝播しているもののひとつに「二・二六事件の亡霊」が挙げられる。NHKの向かいにある渋谷税務署の脇道に建つ「二・二六事件慰霊観音」は、かつて現在のNHKの場所に東京陸軍刑務所があり、二・二六事件の反乱将校が処刑された場所であったことを物語っている。「近くの小学校では、深夜、隊列を組んだ軍靴の音が響く」「NHKにも二・二六の亡霊が出るらしい」といった噂は枚挙にいとまがない。さらに代々木公園には、敗戦にあたり責任を取るために切腹した東大塾生を慰霊する鎮魂碑があることから、「軍人の亡霊の宝庫」と称する専門家もいる。

かつて道玄坂にあった飲食店街「恋文横丁」にまつわるエピソードも多い。終戦後、代々木にあった練兵場は、進駐軍の住居地区「ワシントン・ハイツ」になり、渋谷には円山町に代表される花街の伝統があったので、街頭にはストリートガールたちが並んだ。こうした背景から、現在の道玄坂に、米兵宛ての手紙の代筆業をする店が現れた。この“ラブレターの代筆”という実話をもとに、1952年、丹羽文雄が小説『恋文』を書き、代筆業店のある一角は「恋文横丁」と呼ばれるようになる。恋愛成就の“キューピット”の存在はその後、「代筆してもらえば、恋愛が成就する」という噂に進展し、都内に広まったとされている。小説は大ヒットし、「恋文横丁」は観光バスが止るほどの観光名所となった。この「恋文横丁」にちなんで名付けられた「恋文食堂」(宇田川町)は1960年代当時の洋食屋のハイカラな雰囲気をイメージしたレストラン。店内には本物の郵便ポストが設置され、投函することができる。同店では「実際に手紙を出す女性も少なくない」という。

恋文食堂/TEL03-5459-6622

1993年頃、渋谷駅をよく利用する10代の若い女性の間で広まっていった「耳かじり女」の噂もまた現代性のある「都市伝説」である。「ピアスをしている女性の耳を食いちぎる」というエピソードのベースには、ピアスの穴を耳に開けた際に、耳から出ていた白い糸を引っ張って失明してしまった女性がピアスをしている女性を恨んで出没するという物語がある。この「耳かじり女」は、何故か渋谷だけで広まった噂として興味深い。渋谷を発祥の地とする“コギャル文化”の台頭と相関関係があるのかもしれない。國學院大學の講座「渋谷学」で、渋谷を民俗学の対象にしたユニークな講座を担当した文学部教授の倉石さんは「『耳かじり女』の噂は10代の女の子がまだピアスに抵抗感があった頃の話だろう。ピアス人口が増えることで噂は意味を失う。都市伝説では、何かの象徴として怪物が登場するケースが少なくなく、「口裂け女」の正体は教育ママだった、という話などその典型」と話す。

さらに、講座「渋谷学」によると、渋谷は江戸時代、当時、人口増加を続ける江戸の辺縁部として位置付けられていた。当時の渋谷は、江戸の地続きの近郊農村として発展を遂げようとしていた。大山街道(現246号線)は、世田谷周辺の村々から江戸に農産物を運搬したり、江戸の下肥を村々に運搬する道として往来が増え、街道沿いに町場が成立。さらに元禄12年(1699年)の検地では、町場化した「宮益町」の記録が残り、さらに正徳3年(1713年)には、宮益町・道玄町が町並地として江戸町奉行の支配下に入り、江戸の町として認められた。慶応3年から4年にかけては、戊辰戦争の影響も受けて転出者や江戸からの転入者が増加した。渋谷は江戸と近郊農村部との中間に位置することもあり、時代の動きに合わせて人の出入りが多かったことも、渋谷に多くの「都市伝説」を生み出す背景にあったと考えられる。

國學院大學

■渋谷の「口コミ」プロモーション

「口コミ」とは人々の口から口へと伝えられるコミュニケーションだが、一方で、こうした「口コミ」の性格を活用して企業のコミュニケーション戦略の一環としてプロモーションに応用されるケースもある。

2001年2月に発刊された荻原浩著「噂」(講談社)。企画会社の手によって意図的に流された「○○の香水をつけないとレインマンに足を切られてしまう」という謎めいた噂が現実のものになるという、現代の渋谷系都市伝説をモチーフにしたミステリー。噂が口コミを誘発し、香水がヒットするというプロットは、まさに広告会社出身の著者らしい着眼点とも言える。

市場調査、プランニング、プロモーションを手掛ける「アイ・エヌ・ジー」(宇田川町)は、トレンドリーダー的な女子中学生・高校生・大学生からなる登録制のネットワーク(全国で約10,000人)を構築し、企画開発やプロモーションに活用している企業。口コミを最大限に活用した「街頭口コミ・プロモーション」「口コミリーダープロモーション」「口コミ連動型パブリシティ」を得意とし、学校で目立つリーダー的な存在の女の子たちをネットワークしてサンプリングを試みる一方、街頭インタビューを実施し、彼女たちが関心を持っているアイテムを調査するという。同社の中山さんは「マスの広告より友人の話のほうが訴求力に富み、トレンドリーダーが勧めるとなると説得力がある」とポイントを語る。同社が手がけるのは菓子類や化粧品が主だが、アイテムに絞らず特定の現象を訴求することもあるという。一例として挙げられるのが、ルーズソックスに代わる紺色のハイソックス。「これは『○○を持っているのがオシャレ』といった現象をプロモーションするケースだが、登録をしているネットワークの中から制服を着用している女子高生に絞り、紺のハイソックスをはいて通学してもらった。紺のハイソックスはブームになり、大きな効果があった」と中山さんは実例を挙げる。

同社が行う市場調査には、女子高生の最新トレンド情報を逸早くとらえるために独自に行っている街頭リサーチ「渋谷トレンドリサーチ」など、興味深いコンテンツが多い。ハチ公前とセンター街で女子高生を対象に実施されるアンケートには「1番好きなマンガ雑誌は?」「1番好きなオマケつきのお菓子は?」「プリクラを月に何回くらい撮っている?」「いま友達の間で流行っているファッションは?」など、女子高生マーケットの日常に肉薄する項目が並ぶ。「口コミ」はコミュニケーション・ビジネスの新しいジャンルを形成している。

アイ・エヌ・ジー
荻原浩著「噂」

■現代版「渋谷のウワサ」を検証

プレスト(神宮前)が手掛ける「ご意見板ドットコム」では、「ウワサの市場」というコンテンツが運営されている。ここでは全国の会員から寄せられたウワサが「入手場所」「ジャンル」「地域」で検索して閲覧することができる。ここでは、元のウワサを閲覧してレスを書く人が「信じる」「信じない」を投票することにより、各ウワサには「ホントかも?度」と「アヤシイ・・・度」が各4段階で表示されている。あくまでもウワサを信じるのはユーザー次第である点はここでも同じ。

ご意見番ドットコム

シブヤ経済新聞編集部に寄せられたウワサおよび同サイトの協力で寄せられたウワサを分類すると以下のようなジャンルに分れた。

  1. 恋人ができる・恋愛が成就するなど「幸せになれる」系
  2. ○○(店名)にはメニューに載っていない特別な料理があるなど「飲食店の裏メニュー」系
  3. ○○(タレント、有名人の名)が必ず顔を出す店など「タレント・有名人」系
  4. 「人気スポット」系またはこれから誕生するスポットの「先取り」系
(1)恋人ができる・恋愛が成就するなど「幸せになれる」系

噂1. 渋谷の告白スポットの噂です。NHKの真向かいにある「二二六事件」の慰霊碑の前で告白すると、そのカップルはうまくいくみたいです(なっちゃん/フリーター)

噂2. 渋谷に恋愛成就の人形を売っている店があり、その人形を持っていれば幸せになれるそうです。(サチコ/OL)

上記の噂はごく一部だが、彼女たちの幸せを構成する要素に「恋愛成就」が大きな割合で占めていることがよくわかる。続いて(2)メニューに載っていない特別な料理があるなど「飲食店の裏メニュー」系では当然のことながら具体的な店名が挙がる。

噂1. 「渋谷東急プラザ1Fの「ソーダファウンテン」って言うカフェがあり、メニューに炭酸入りのカフェオレとか紅茶とかショコラがあるらしい?」

「ソーダファウンテン」は2003年9月10日、渋谷・東急プラザ1階にオープンした。運営するのは、製菓の製造・販売や、喫茶・レストランの運営を手掛ける「モロゾフ」(本社:神戸)。近年のカフェブームを背景に、アメリカを発祥とするソーダを中心とした新業態のカフェをオープンした。もともと「ソーダファウンテン」とは、アメリカでドラッグストアやスーパーの一角に設けられていた、軽食類もあるカウンター式のソーダスタンドを指す。セルフサービス形式でテイクアウト可能。メニューは、20種類以上のフレーバーをソーダで割るスタイル(500円)が基本で、ジェラートや、タピオカから発想したというゼリーなどをトッピングすることもできる。ヘルシーな、ゆず+ハチミツ、しょうが+ハチミツなどの他に、コーヒーや紅茶のフレーバーをソーダで割るという、一風変わったソーダスタイルも楽しめる。「メニューに炭酸入りのカフェオレとか紅茶、ショコラがあるらしい」というのは、本当のこと。正確に表現するならばコーヒー、紅茶、ショコラ、グリーンミントなど各種フレーバーから好きなものが選択できるということである。この噂の場合は、「口コミ」プロモーションのケースに近い。

モロゾフ

噂には合体系もある。(2)メニューに載っていない特別な料理があるなど「飲食店の裏メニュー」系+(3)○○(タレント、有名人の名)が必ず顔を出す店など「タレント・有名人」系の例として挙げあれれるのが以下のようなケース。

噂1. 原宿のマリオンクレープに「吉川ひなのスペシャルメニュー」があるらしい? (ちかぶう/大学生)

「マリオンクレープ」を運営する「マリオン」(神宮前)の中条さんによると、店長からヒアリングした結果、吉川ひなのに関する脈絡は何もないことが判明した。「原宿という場所柄、吉川ひなのさんがお忍びで当社のクレープを食べ、それを見ていたファンの子が同じメニューを注文したことで広がったのかもしれない。また、吉川さんが他のメディアで当社のクレープのことをお話になって、それが普及したのかもしれない。そうであるならとても嬉しい」と話す。

マリオン
ウワサの市場

さらに(4)誰もが知っている「人気スポット」系では、以下のような噂が集まった。

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噂1. ハチ公の宝くじ売り場で買うと「当たりますように」とお祈りしてくれるって本当ですか?(なっちゃん/主婦)

噂2. 「HMV」には入口が2つ(センター街側、西武側)があり、西武側から入っていくお客さんのほうが商品を買う確率が高いらしい。(ふゆこ/OL)

噂3. 代官山に産業能率大の代官山キャンパスができるらしい(こうた/学生)

1は本当のウワサだった。この売り場で宝くじを買い求めると、一度売り場内の「招き猫」になでつけてから、「当たりますように」の一言を添えて渡すもの。高額当選者が生まれる人気の高い宝くじ売り場だけに、「何とか当たって欲しい」という利用者には好評だそうだ。2のウワサは、ある意味で的を得ている可能性もある。HMVによると「このウワサの真偽は把握していない」そうだが、やはりシブヤ西武や公園通りに通じる位置にある「西武側」の入り口から出入りする来店客は、センター街側からの来店客より一般的には客単価が高いと言われる「オトナ」層が多いのも事実。ウワサの中には、こうしたマーケティング的な視点で街を捉えているものもあるため無視できない。3については本当で、産業能率大学広報担当の村山さんによると「旧山手通り沿いに今年11月に竣工し、来春から社会人向けの大学院として開講予定」とのことで、社会人向けの開かれたスクールが新たに誕生する。このウワサの出所は同キャンパス建設現場前に掲出された「建築計画のお知らせ」。これが手掛かりとなった先物情報も多い。

産業能率大学
ハチ公の宝くじ売り場 HMV HMV

■「東京魔界案内」がナビゲートする「渋谷魔界案内」

今年1月に発刊された「東京魔界案内」(光文社刊)は、日本初の沿線評論家の三善里沙子さんが案内するディープな世界で、「京都魔界案内」「日本魔界案内」に続く「魔界案内」シリーズの第3弾。「大手町、渋谷、原宿、新宿、お台場など、今日繁栄している東京の街には、開府400年を迎える江戸からの土地の記憶が何層にも埋め込まれている」と位置付け、隠された呪的空間=魔界を発掘していくスタイル。そこに触れるとき、ありふれた空間が魅力的な場へと一変する、という視点は次元の異なる東京ガイドとも表現できそうだ。同書では「江戸と東京をつなぐ平将門の『聖地』」や「超オカルトスポット上野」など探索し、独自の視点で“魔界”に迫っている。

同書によると「坂が多く擂り鉢状になっている渋谷は、魅力的な谷底の蟻地獄」と位置付け、「谷には、さまざまなものが溜まる。渋谷もまた魔界だということ」と続く。さらに「ハチ公前のスクランブル交差点あたりは強い負のエネルギーを感じられる、霊気が漂っている、という霊能者もいる」そうだ。こうした渋谷は「ひじょうに狭い範囲でまったく異なるものが同居して」おり、池袋や新宿とは異質なエネルギーを生み出しているのではないかという。三善さん自身も「渋谷は小さいころから出入りしているが、やはり独特の雰囲気を感じる」と話す。さらに「江戸の昔から噂を広めるのは若い女性と決まっている。若くてエネルギッシュな女性が多く集まる渋谷には当然ウワサも生まれやすい」と分析を加える。

同書では渋谷エリアの他、都内一のゴーストスポット「千駄ヶ谷トンネル」やビクタースタジオの怪情報や、タクシー怪談のメッカ「青山墓地」など、都内の魔界スポットなど歴史的な要素も絡ませながら紹介している。

都市伝説や噂の広がるスピードが早まった要因としていくつかの点が挙げられる。

  1. インターネットの普及に伴い、パソコンや携帯など通信ツールのインフラ整備が終わったことで、誰もが情報を受発信できるようになった。
  2. マス媒体より「口コミ」による商品やブランドの訴求が求められるようになった。
  3. 特定のグループに所属するトレンドリーダーの発言力や影響力がより鮮明になっていきた。
  4. 潜在意識に潜む、科学で解明できないものに対する畏怖心。

流動人口が多く、トレンド情報が飛び交う渋谷は、音楽、ファッション、グルメなど最新の情報が高速スピードで発信される街。情報量の多さ、マスコミで捉えられる媒体露出の多さは他の街の追随を許さない。スピード感のある情報は伝播するのにも時間を要しないことで、特定のブームが起りやすいエリアであるとも言える。広告代理店やプロモーション会社では「渋谷で話題になれば、全国区に普及するのに時間を要しない」「渋谷でブームになれば広告費をつぎ込む必要がない」「口コミでブランド広まれば、広告費何億に相当する」とまで言われている。「噂」の「経済波及効果」から見えてくるのは、渋谷では「噂をも消費している」という現象。渋谷で受発信される膨大な量の情報、風聞、流言、噂、都市伝説は、風化するスピードも速い、ということもまた事実である。

東京魔界案内
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