
「未来計算」をコンセプトとした研究開発を促進する一般社団法人「Tomorrow Never Knows」(京都府京都市下京区)は6月6日、AIを活用したナビゲーションアプリ「timespace」の渋谷版ベータを公開した。
一般社団法人Tomorrow Never Knows 代表理事・井口尊仁さん
ARアプリ「セカイカメラ」や、眼鏡型ウエラブルデバイス「Telepathy One」などの開発で知られる井口尊仁さんが代表理事を務める同法人。京都を拠点に共同研究開発エコシステムを構築しており、timespaceは同法人から生まれた初のスタートアップとなる。渋谷版ベータのローンチを通じて、「見えない地図を、誰にとっても見えるようにする」というビジョンの実現を図っていく。
大規模言語モデル(LLM)を取り入れた同アプリは、従来の「目的地へ導く」ナビゲーションとは異なり、「まだ決まっていない次の行き先へ誘う」ことで、ユーザーの感性や行動の文脈に基づいた「意味のある行き先」を提案する。これにより、都市探索における新たな体験の創出を目指す。
AIナビアプリの構想は、井口さんの「移動プランニングの困難さ」という個人的な課題意識を出発点として、2024年末にスタート。従来の評価ベースのランキングや単純な位置情報による検索ではなく、感性や文化的動機、行動文脈といった「意味」に基づいて地図を再編成できる可能性に着目。現在のLLMは、「単なる言語生成」を超え、人の行動選択や移動のリズムを学習し、「次に心が動く場所」を提案する。これにより、迷いや寄り道といった「人間らしい探索の感覚」が呼び戻され、都市のライブ感を伴うナビゲーション体験が可能となっているという。
今年3月、米オースティンで開催された「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)2025」では、約2000件のオースティン市内の「Point of Interest(POI=行き先情報)」を搭載したプロトタイプを展示・発表。「予期せぬ、しかし心に響く行き先」との出合いに、多くの来場者が共感を寄せたという。
海外での好評を受けて、初の展開都市として「渋谷」を選定した理由について、井口さんは「グローバルに知られるカルチャー発信地であり、予測不能で複雑な都市であるため、AIにとって最適な訓練場となる」と説明。さらに井口さん自身が「セカイカメラ」などのプロジェクトを渋谷から立ち上げた実績を持つほか、「自分が暮らした都市の中でも、渋谷が最も長く、深く、土地の感覚を理解している。そんな身体的な理解を起点に、世界と共感をつなげたい」とその思いを語った。
主な機能は、ユーザーの嗜好(しこう)を学習し、直感的なUIでスポットを提案する「ディスカバリー機能」と、嗜好、現在地、空き時間に応じて、最適なルートと目的地を自動で設計する「プランニング機能」の3つから構成。使用している大規模言語モデルは、GoogleのGemini系のモデル。渋谷で投稿された実際のPOIやフィードバックを基に、ローカル文化や感性を吸収するチューニングを行っているが、課題はデータの質と量のバランス、文化的背景をいかに文脈として抽出するかにあるという。
現在、POIを投稿・生成する「10,000 POIプロジェクト」も渋谷で始動し、展開中。独自開発した編集ツールを活用し、画像と簡単なコメントからPOIの概要を自動生成しており、4月から始めて約1000件が蓄積されている。将来的には、誰でも投稿可能なオープンプラットフォームとして展開し、ユーザー参加型のPOIエコシステムを育てるという構想を持つ。当面は、来月7月に京都で開催するスタートアップカンファレンス「IVS KYOTO 2025」までに、1万 POIの達成を目指す。
今後は、ネイティブアプリ化や主要機能の追加を進めつつ、渋谷発のPOI投稿ムーブメントを国内外の都市へと展開し、より規模を拡大した文化体験ネットワークとして育成していく計画だという。「多くの事業者やプラットフォーマー、AIスタートアップなどに参画してほしい。日本発のグローバル地域情報ネットワークの原型を築いていきたい」と呼びかける。
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